奥さんより幸せだもん by谷川陽子(51)・派遣社員

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「貴女はまだ若いから、きっと解らないのでしょう。  逢瀬なんて時々でいいの、趣味や自分時間も必要だし。  美味しいご飯も、綺麗な夜景も、高価なプレゼントもいらない」  目を瞑り、ゆっくり首を横に振る。  谷川はこの店名物:焼き立てクロワッサンが大好物だ。  生地はサクサクで、中にはチョコレートが挟んである。 「大切なことは映えじゃない、前を向いて毎日を生きること。  その理由になるのなら、不倫で私は構わない」  片手を挙げおかわりを要求した。  店員の持つ、バスケット(かご)に入ったパンは食べ放題だ。  谷川はSNSをしない、身近な人間に話すだけ。  三つ目のバツを増やさないためにも、一番下の子が成人するまでは婚活を控え、遊びに留めると心に決めている。 「平田さん最近、額がちょっと広くなってきましたよね」  目を細め、遠くを見詰めるように後輩は呟いた。  平田とは、谷川の不倫相手(情人)の苗字だ。  最近AGA治療を始めた、本当についこの間。 「そうだけど、なんで貴女が知っているのよ」 「やだ谷川さん、前にふたりの写真を見せてくれたじゃないですか、日光の。  その時額が気になるのって」  はて、と谷川は考える。 「それ、箱根でしょう」  夏に温泉を訪れた。 「いい年した俳優や男性芸人が、年下の無名女優と不倫なんて聞くとついイラッときますけど。  確かにそれが五十代女性なら、全力で応援したくなります。  幾つになっても現役って、素っ敵ですね」  男の人は自分が何歳になっても、若い女の子が好き。  そんな常識を谷川がぶち壊してくれるなら、喜んで後輩は背中を押す。 「スッテキだなんて弾んだ声で言っちゃって、でもありがとう。  育てるわよ、愛を」  谷川は力強く頷いた。
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