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「貴女はまだ若いから、きっと解らないのでしょう。
逢瀬なんて時々でいいの、趣味や自分時間も必要だし。
美味しいご飯も、綺麗な夜景も、高価なプレゼントもいらない」
目を瞑り、ゆっくり首を横に振る。
谷川はこの店名物:焼き立てクロワッサンが大好物だ。
生地はサクサクで、中にはチョコレートが挟んである。
「大切なことは映えじゃない、前を向いて毎日を生きること。
その理由になるのなら、不倫で私は構わない」
片手を挙げおかわりを要求した。
店員の持つ、バスケットに入ったパンは食べ放題だ。
谷川はSNSをしない、身近な人間に話すだけ。
三つ目のバツを増やさないためにも、一番下の子が成人するまでは婚活を控え、遊びに留めると心に決めている。
「平田さん最近、額がちょっと広くなってきましたよね」
目を細め、遠くを見詰めるように後輩は呟いた。
平田とは、谷川の不倫相手の苗字だ。
最近AGA治療を始めた、本当についこの間。
「そうだけど、なんで貴女が知っているのよ」
「やだ谷川さん、前にふたりの写真を見せてくれたじゃないですか、日光の。
その時額が気になるのって」
はて、と谷川は考える。
「それ、箱根でしょう」
夏に温泉を訪れた。
「いい年した俳優や男性芸人が、年下の無名女優と不倫なんて聞くとついイラッときますけど。
確かにそれが五十代女性なら、全力で応援したくなります。
幾つになっても現役って、素っ敵ですね」
男の人は自分が何歳になっても、若い女の子が好き。
そんな常識を谷川がぶち壊してくれるなら、喜んで後輩は背中を押す。
「スッテキだなんて弾んだ声で言っちゃって、でもありがとう。
育てるわよ、愛を」
谷川は力強く頷いた。
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