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「愛子……」 有佳はこんなに頑固な態度を取る私を見て、説得することをやめた。彼女は私にゆっくり考えてほしいと言った。今の生活を壊す覚悟で、この子を産むことを。 私はお腹を撫でながら、この中に小さな生命が育っていることを考え、心が喜びに満ち溢れた。 誠人さんは私を愛していなくても大丈夫、私にはまだこの子がいるから。 翌日、私は有佳に自分の決意を伝え、辞表も書き終えた。有佳は少し怒って、私を置いて一人で仕事に行った。 私は有佳の思いを裏切ったことを知っているけど、何も言わずに身支度を整え、会社に辞表を提出しに行った。 会社の入り口に着くと、黒い高級車がオフィスビルの前に停まっていた。私が近づくと、運転手は車から降りて、私の前に来た。 「山極さん、天野さんがあなたをお呼びです。」 私は驚き、無意識に手をお腹に置いた。 誠人さんが……?まさか、この子のことがばれたの? 「ごめんなさい、私はまだ仕事があるので。」 私は必死に落ち着いてる振りをし、服を掴んでこの人を断った。 「天野さんはあなたの部長に話を通しているので、給料は差し引かれません。どうぞお車にお乗りください。」 相手は無表情で、私を促す仕草をした。 彼がどうしても私を連れて行くつもりだと分かり、私は渋々車に乗り込んだ。車は会社を離れ、郊外の別荘地へ向かった。少し不慣れな場所だったが、ここが高級別荘地であることは知っている。 車は小さくて綺麗な別荘の前で停まり、運転手が私を降ろし、誠人さんのところに案内した。 誠人さんは豪華なリビングに座り、赤ワインを味わっている。彼からは冷たい印象を受け、近寄りがたい雰囲気が漂っていた。私は思わず不安を感じた。 御曹司の身分を明かした誠人さんは、私との距離感を一層大きく感じさせ、私たちの間にある格差の大きさを改めて思い知らされた。 「下がれ。」 誠人さんはワイングラスを置き、運転手に手を振った。 運転手は私を一瞥し、退室をした。 空気が静まり、私と誠人さん二人だけが残った。 「病院から連絡があった。お前は妊娠したそうだ。」 誠人さんは無表情でそう言った。 私は慌て始めた。誠人さんの影響力がこんなにも強いとは思わなかった。まさか病院に行ったことも彼の耳に入るなんて。 「違います、彼らは間違えた。私……ただ胃が……」 私は必死に否定したけど、誠人さんの冷たい視線の前に、嘘が自然にバレた。 「どうかこの子だけは、私に残してください。もう辞職して東京を離れ、故郷に帰ることに決めました。私は……あなたに絡むことも、柳下さんとの生活を邪魔することもありませんので……どうか……」 私はお腹をかばいならがら祈るように言った。 私はただこの子が欲しいだけ。誠人さんは私のものにはなれないけど、この子私の。だって、私のお腹の中にいるから。 「愛子、お前に失望した。」 誠人さんは私のお願いを無視し、立ち上がって近づき、私のあごを掴んで顔を彼に引き寄せた。 近くで誠人さんを見つめると、彼の息が懐かしく、涙がこぼれそうになった。しかし、同時に彼がとても遠い存在に感じ、私は思わず目を伏せた。 「私は子供を使って何かを得ようとは思っていません。ただ、想いが欲しいだけです……」 「お前は賢い人間だと思っていたが。」 誠人さんは私の頬を優しく撫で、微笑みかけたが、私はその笑顔に不安を感じた。 私は賢くない。自分では冷静でいられると思っていた。手放すべき時は手放すことができるだと。でも、実際に経験してみると、それがどれほど難しいことか痛感した。 「車を用意し、病院へ。」 誠人さんは私が何も言わないのを見て、服の襟を整え、ドアの方を向いて命令した。 「病院」という言葉を聞いた瞬間、私は無意識に後ろに下がった。 「誠人さん、それだけは止めてください!」 こんな残酷なことを、誠人さんが私にするなんて…… 「愛子、俺を怒らせるな。お前には俺の子を産む資格はない。それに、高貴な天野家の血筋を育てる資格は、お前にあると思うのか?」 彼の言葉は、私の最後の尊厳を奪い、再び彼との圧倒的な違いを思い知らされた。 私は平民で、彼は高貴な御曹司。私は天野家にふさわしくない、そして、この子を産む資格さえもない。 「この子を奪うことは許さない!」 涙が目に浮かび、心の痛みをこらえながら、私は振り返った。外に逃げようとしたけど、ボディーガードに阻まれた。 私は自分を止めるボディーガードを見て、囚われた獣のように叫んだ。 「誠人さん、たとえ感情がなくても、私たちは一年間共に過ごした。どうか、この子だけは奪わないで!この子に、あなたが父親だと言わないことを約束する!絶対に、この子を利用しないから……!」 「連れて行け。」 彼は私の言葉を聞きもせず、病院に連れるよう命じた。 私は抵抗するすべもなく、どんなに叫んでも彼は私を解放しようとはしなかった。引きずられるようにして病院へと連れ込まれ、本来病院にいるはずの医者と患者はすでに退去させられ、私と誠人さんの関係を知る者は誰もいない。私は再び天野家の恐ろしさを思い知らされ、言葉を失った。
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