67人が本棚に入れています
本棚に追加
9
「愛子。」
有佳が近づいてきて、床に散らばった破片を片付けてくれた。私の青ざめた顔を見て、心配そうな目で私を見た。
「……大丈夫。」
私は固まりそうな手を下ろしながら、有佳に首を振った。
「嘘つかないで。その顔、どう見ても大丈夫じゃないでしょう。」
有佳は深いため息をつきながら、困ったように言った。
「私……少し外を歩きたい。」
私は目を伏せ、かすれた声でぼそぼそと答えた。
病院に半月もいると、さすがに気が落ち込む。
「わかった、付き合うよ。」
有佳は私を支えながら病院の庭に連れ出してくれた。庭で散歩をしながらおしゃべりをしていると、気分が少し晴れた。バラの花壇の近くで話しているとき、私は誰かがこちらを見ている気配に気づいた。反射的に振り返ると、黒い影が素早く背を向けた。
「誠人……？」
「愛子、何か言った？」
有佳が私の服を軽く引っ張り、眉をひそめて尋ねた。
「何でもない。」
我に返った私は、疲れた目をこすりながら答えた。
さっき、誠人の影を見た気がした。でも、きっと幻覚だ。彼はここにいるわけがない。今ごろ麻美子と一緒にいるはずだ。
それでも、胸の奥がズキズキ痛む。この感情をどう抑えようとしても、自分自身を誤魔化すことはできなかった。
「少し寒くなってきた。体もまだ完全に回復してないんだから、病室に戻ろう。」
「うん。」
私は意識を戻し、有佳にぎこちなく微笑んだ。
有佳に支えられながら病室に戻ろうとしていると、突然誰かが現れ、興奮した声で叫んだ。
「愛子、やっと見つけた！」
「兄さん？どうしてここに？」
目の前に現れた兄を見て、驚きながら尋ねた。
「お前を探しに決まってるだろう。こんな大事なこと、どうして俺たちに隠してたんだ？愛子、それはないだろ。」
何のことを言っているのか分からなかったけど、彼がここに来た理由がお金に関係しているのは間違いない。
皮肉な話だが、これが事実だ。私の家族は、金が絡むときだけ私の存在を思い出す。
「もし病気見舞いに来たのなら、もう帰っていいよ。遅くなると帰りの電車がなくなるから。」
私は視線を落とし、冷たく言った。
兄は不満そうな顔で、私と有佳の行く手を遮った。
「お前、母さんに誠人と離婚したって言ったそうだな。それで、誠人の金を一銭も取らなかったなんて嘘をついたんだろう？愛子、それはひどすぎるだろう。」
兄の言葉に私は怒りを感じた。これまでどれだけ家にお金を渡してきたか分かっているの？
私が離婚したことなど関心もなく、興味があるのは私がどれだけお金を取ったかだけ。
金、金、金。彼らの目にはそれしか映っていない！
「愛子はこんな状態ですよ。それなのに、君たちはお金のことしか考えないの？本当に感情を持つ人間なの？それに、彼女は本当にあの人からお金を取ってない。もしそのお金を狙ってるなら、諦めた方がいい。」
何か言おうとした瞬間、有佳が私の前に立って先に言った。
しかし、兄は有佳の言葉を信じず、私が嘘をついていると決めつけた。
「ニュースを見たぞ！誠人は天野グループの後継者だろ。資産は何千億もあるんだぞ？愛子は誠人の妻だったんだから、離婚した後だって何億かはもらえるはずだ。それを隠して俺たちを騙すなんて、人でなしだ。」
「愛子、お前、御曹司に嫁いだことも隠してたのか？俺たちに金を要求されるのが怖かったのか？お前の貯金はどれだけある？全部出せ！」
兄の言葉に心が冷えた。
「彼から一銭も取ってない。それに信じるかどうか分からないけど、誠人が天野グループの社長だって知ったのは、離婚してからのこと。」
もう説明する気にもなれず、私は兄の差し出した手を振り払い。そして冷静な表情で言った。
「じゃあ、誠人に騙されてたってことか？」
兄は目を輝かせながら、私の腕をつかんで問い詰めた。
「変なこと考えないで。天野家に近づくなんて無謀だ。」
私は眉をひそめて答えた。
兄がどんな人間か、私はよく分かっている。甘やかされて育ち、怠け者で悪知恵だけが働く。金を手に入れるためなら、何だってするだろう。
だから、本気で天野家に行くのではないかと心配だった。
私はお金持ちの人がどれほど冷たいかを身をもって知った。心も血も冷たいの連中だ。
そう……誠人と麻美子のように。
「何を言ってるんだよ。俺はお前の兄として当然、お前のために戦うさ。あいつらに代償を払わせてやる。」
兄はそう言って私の手を振りながら去った。
「兄さん！山極正光！戻りなさい！」
私は兄の背中を追いかけようとして、動きが大きすぎて胎児に影響が出てしまい、苦しくて動けなくなった。
「もういいよ愛子。彼が天野にちょっかいを出すなんて、さすがにないと思う、死にたいわけでもあるまいし。」
有佳は私を支えながらそう言った。
最初のコメントを投稿しよう！