ひとひらのあい

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僕たちは、お金がなかった。 でも確かに、僕と彼女は愛し合っていた。僕らは高校生で、まだ親に世話になっている状態で、大人になる途中で、自由なようで不自由であまり選択肢がない。 「あのねえ」横に座ている彼女が僕の肩に小さな体を預ける。僕はそっと、彼女の髪の毛を、撫でる。柔らかい髪の毛から、安いシャンプーの匂い。 「お父さんがねえ、また、借金した」彼女の父親は、働いていない。彼女は働かない父親とパートの母親の元で生活をしている。「お父さんがねえ、高校出たら風俗で稼けだってさ」そう言った彼女は、目を細めて、少しだけ茶色に近い黒目が涙に揺れていて、たまったそれは一滴だけ、頬に流れ落ちた。 彼女と僕には性的関係はあった。彼女は、可愛かったし、細身だった。 セックスをする場所は、シングルマザーで朝から夜中まで働いている僕の家だった。 「一回だけ、中で出して」 顔を染めて言う彼女に、僕は、一言「いいよ」と言って、高校卒業後に一晩だけ、僕は彼女の中で吐露した。 彼女は僕の部屋の遮光カーテンを開けて、お昼だねと言い、「予約済み」と苦笑いした。産婦人科の予約であった。僕らは、高校を出たって、お金の不自由のせいで、選択肢なんかこれっぽっちもなくて、彼女の子宮に残ったであろう、僕の遺伝子は産婦人科の女医によってなかった事にされた。 それから何年の月日が経ったのだろう。僕と彼女は別々の道を歩んでいたが、僕は彼女以上に愛せる女性は僕の人生上現れなかったし、彼女は毎晩どこかで誰かと寝ている。作り笑いで指名というものを取りながら。「肉体労働だよ」そう、彼女は確か僕宛てのメッセージアプリで言っていた。 僕は商品になった彼女を買う気になれず、抱いてもいないし会ってもいない。 そう言う僕は、トラックの運転手をやっていた。 「コンビニに寄るか」 そう、思い立ち、真夜中のコンビニに寄ると10歳前後の女の子がうろうろしていたが、おかしい事に何も持っていない。どこか、距離を置いている彼女に似ていると思ってしまった自分は、初恋を拗らせているなと思った。 ぐううう、と自分じゃないお腹の鳴る音、黒の長袖Tシャツにライトブルーのショートパンツにサンダルを履いている横にいる少女からであった。 「何か食べたいものあるの」「ツナマヨ…」少女はおにぎりの棚のツナマヨお結びを指すと言った。ついでに、自分の分として、明太子おにぎりと鮭おにぎりと唐揚げを買うとレジでペイで支払う。 コンビニの狭いイートインコーナーで少女に温めたツナマヨ結びと、唐揚げを渡した。「有難う御座います」 食べ終わると彼女は、ポケットから二つ折りの宝くじの紙を取り出して、僕にくれた。「これしかなくて、ごめんなさい、有難うございます」 「どうも」僕は食べ終わった彼女を自動ドアから見送るとバイバイと手を振る。黒髪のボブを目で追いながら、宝くじの紙を見た。僕は宝くじを買ったことがない。金の無駄だからだ。大体、10枚買って300円しか当たらないことを前提に考えてしまう僕は、3000円で別のものが欲しいのである。 それから数か月後。僕は、搬送を終えた後に、個人運営のボロボロの定食屋でワンコインの定食を頼みながら、新聞に目を落とした。奥の座敷に胡坐をかいて座っている、建築業の50代の男達がスマホをいじりながら雑談している「なあ、ジャンボどうだった?」「俺は3900円っすねえ」 そう言えば、年末だったな、と一年中どこかしらの高速道路のサービスエリアでトラックの中からラジオを聴いて年越ししている僕は思った。ジャンボ、宝くじかあと僕は思う、そう言えば何か月も前に少女からもらったのも、その宝くじであった。 僕は、日替わりの生姜焼き定食を食べ終わると、トラックに戻り、何となく、放置してあった少女にもらった宝くじと自分のスマートフォンで宝くじの当選結果を見る。 お腹が一杯なので、すぐに運転したら眠くなると察している僕は、当選番号を眺めていると、声にならなかった。 「一等?」 僕が持っている二つ折りの紙の番号は、僕の液晶画面の数字の羅列と一致していた。 「一等?」 信じられずに、僕は口に出して言う。 当選、していた。しかも、一等、7億円が。 「はい?」 はいはい、こうでああで、みたいな手続きを得て、僕の通帳に巨額が入った後に彼女に電話した。「どうしたの」 僕からの電話に驚いた彼女は、出勤中にも関わらず、電話に出てくれた。僕は一連の出来事を彼女に話す。そして言う「結婚しよう」 さらに、一年が過ぎ、僕と彼女は、三十路を迎えて、第一子を授かることができた。彼女と僕は結婚してからは順調で、彼女は、子供の面倒を見ながら、資格を取り、在宅ワーカーとして月に30万円の収入と、僕は親戚の叔父さんが務めていた工場に勤めて、手取り35万円の収入を得ていた。きちんと、保険も入っていれば、ボーナスだってある。 少しお洒落な中古マンションを購入して、ささやかな幸せを手にした僕たち。 「この子はさ、私たちの二人目の子だね」そうだね、と僕はつぶやく。彼女は続ける「堕胎した日に一人目を杏樹って名前にしててね、きっとそう、あの子は、宝くじ、と今の幸せな生活をくれた少女なんだと思う」彼女は愛息子を抱きながら、微笑む。 僕も、そんな気がずっとしていた。 「あの子は本当に、天使」 彼女は自分の子宮あたりを撫でると、呟いた。「愛してる」 END
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