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―1目覚 始まりの草原と灰降る洞窟
陽が真上を通り過ぎる頃に起きて、ヒゲも剃らずに顔だけ洗う。鏡を見ると凡庸な顔がぼんやりと映る。
「………」
意味もなく指先で目元をなぞる。
ここに越してくる前はあんなにも深く黒ずんだ目の下の隈と、げっそりとこけた頬のせいでまるで幽霊みたいだと思っていたが、今では大分マトモに見えると宇白他々人はそう思った。
平々凡々な少年期を過ぎて、特に思い悩むこともなく並の高校専学と進学して普通に就職した。普通に就職した筈だったのだが、そこが落とし穴だった。
わかりやすく言ってみればそこはブラック会社だった。
日を跨ぐまでのサービス残業は序の口、度重なる無給の休日出勤と、積み重なる無茶振りとタスクで、身も、心も、削られていった。
音を上げてそこから逃げたのは勤め始めてからちょうど五年経った頃だった、きっかけはよくわからない。
よくわからないがとても衝撃的だった。
親しくしてもらい、愚痴も言い合える仲の先輩が突然、結婚した。
それ自体はとても素晴らしいことで、祝福するべきことだった、相手もしっかりした人で、先輩と飲みにいく仲になりしばらくして紹介され、いずれはきちんとした形でくっつくのだろうと予想もしていた。
けれども実際それを目の当たりにして聞かされたとき、暗がりを、薄い灯りを頼りにして恐る恐る歩いていたのに、ふと灯りがかき消されたように不安になった。
目を背けていた、未来が、いきなり目の前にそびえ立った。
自分は、いったい、いつまで、ここで、こうやって、無理を重ねていけるのだろうか。
自覚するともうてんで駄目になってしまった、だから、そこからはもう恥も知らず、脇目も振らずに逃げだした。
幸いなことに、或いは不幸なことに今の時代は変遷期で、心情的にも、また経済的にも容易く逃げ込める場所があった。
それこそが此処、[電網都市東京03]だった。
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