1. 記 憶

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 襖の向こうからは、未だ賑やかな声が聞こえる。  いささか酔いが覚めた頭で広間に足を踏み入れると、目ざとい臼居がこちらに手を挙げた。 「あ! 緒田さんと安芸文さんもやっと来ましたね。ここ空いてます、ここ」 「つーか空いてるコップ無いじゃん。俺もらってきます」  呼ばれるままテーブルにつくが、置いてあるのは空になった瓶ばかり。夏海は座りかけていた腰を上げ、廊下に出て項を垂れると一つ大きな溜息をついた。  吐く息が酒臭い。帰りは誰かに送ってもらって、飲み直すことにしよう。 「おわっ!!」  顔を上げると、襖が開いた。 「っ、」  声を上げた夏海を見て、出てきた安芸文が目を見開いた。 「すいません」  慌ててどこうとすると、肩を掴まれた。 「腹減った」 「何頼みます? 注文してきますよ」  安芸文は社交的な緒田や、不本意ながらチャラ男と呼ばれる夏海と比べると、愛想が良い方ではない。  けれども三十歳手前のこの男は、時々少年のような笑い方をする。現にいまも、厭らしさのない顔でニヤリと笑った。 「じゃあ、そこの端から端まで。お前の奢りで」  店内のカウンター前に貼ってある、手書きのメニューを指して言った。 「マジっすか」 「冗談」  安芸文は年齢も入所も夏海より先だが、仕事で組むこともあるし、仕事の席も近い。それに加えて元々人懐こい性格の夏海は、よくタメ口をきいては、気まぐれに怒られている。  安芸文が夏海の肩に置いていた手を離し店のサンダルを履こうとした時、ふと気づいた。 「安芸文さんって、香水つけてたっけ」  黒い作業服を引っ張ると、クンクンと鼻を鳴らした。  建設部の職員は現場にいく関係でほとんどが作業服だが、色の指定は特に無い。配属が決まったら希望のサイズと色を申請して、二セットが支給される。ほとんどが濃い青を希望するが、今年の安芸文は黒と濃い青、夏海は黒を二枚注文していた。  今日は二人とも黒で、職場で顔を合わせた時は、被るな、と理不尽なことを言われたのだった。 「……付けてない。興味無いし」 「でも、いい匂いする」  安芸文の後ろから両肩に手を置き襟足に顔を埋めると、いい加減にしろ。と首根っこを掴んで剥がされた。 「いやーん」  いつの間にか笑っていた。
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