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追加で頼んだ料理をつまみながら、安芸文と緒田は夏海の暴挙を見ていた。
「いつもに増して飲み過ぎだろ」
「そうですね。新歓の時、部長にまでタメ口聞いてるのを見たときは血の気が引きました」
「あれは笑ったなー。今の部長は心の広い人だから良かったけど、前の部長だったら異動するまでネチネチ言われてただろうし」
安芸文は真顔で頷いた。
「係長逃げないでよぉ、一緒に飲もぉう。友達でしょぉ」
「しつこいぞ、俺はお前の友達じゃない」
絡まれているのは安芸文の上司、田回だ。
「うっうっ、係長が冷たい」
いつの間にか場は無礼講になり、端で静かに飲むグループ、出張コンパニオンと語りながら飲むグループ、若手だけで固まるグループに分かれている中、夏海は目を座らせながらフラフラと渡り歩いていた。そして、途中にいた臼居の足を踏みながら、安芸文と緒田の間に割り込んで座った。
「痛ってぇ、篠乃目このやろう」
臼居が手元の座布団で殴ろうとしたが、チカラの入っていない手で掴んだ座布団は、一番怖いと言われている先輩のグラスに当たった。
「ひゃぁぁ、すいません、すいません」
酔っていた赤い顔が真っ青になり、慌てて土下座をしているのも目に入れずに、夏海は二人にビールを強要した。
「しょうがないな」
緒田は箸を置いてコップを空け、ニコニコと見ている。安芸文は車だからと、ウーロン茶の入ったコップを必死で守った。
「ののちゃん、コンパニオンのお姉さんとずいぶん派手に遊んでたね」
大きく開いた胸元から手を入れる、抱きつく、最後には説教を始めて適当にあしらわれていたのを、同僚が動画に撮っていた。
「あんまりやり過ぎると、彼女に怒られるよ」
緒田が目配せをすると、夏海は小首を傾げてから横に振った。
「彼女? ああ……、もう終わっ」
言い終わらないうちに畳に横になると、そのまま寝息を立て始めた。
「あ、落ちた」
緒田が上から覗き込むが、本人は瞼を開ける気配が無い。
「安芸文くん、ののちゃんのアパート知ってるよね? 送ってあげな」
吹き出しそうになった安芸文は、必死で飲み込んだ。
「は? いいけど緒田さんは帰りどうするんですか」
「俺は飲んじゃったし、駐車場まで迎えにきてもらうよ」
「だったら、こいつ降ろしてから送りますよ」
スヤスヤと上下する夏海の胸を叩いて言うと、緒田は一度瞬きをして、言い聞かせるように間を置いた。
「安芸文くん」
「はい」
「君は俺の家と逆方向だろ。ののちゃん、帰り頼んだから」
緒田が夏海の肩を揺する側で、安芸文はコップに残ったウーロン茶を飲み干した。
「わかりました」
「聞き分けのいい子は好きだよ。さて、そろそろ幹事さんも起こそうか」
無礼講を通り越して秩序が崩壊している場を閉めるため、はいはい皆さーん。と手を叩きながら席を立った。
「……よく言うよ」
「ん……、なに?」
安芸文が緒田の背中を見ながらぽつりと呟いた言葉を、ダルそうに体を起こした夏海が聞き返したが、
「水、もらってきてやる」
言いながら背を向けた。
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