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アパートへ送り届けた後、直ぐに帰るつもりだった予定が狂った。
車を降りた夏海は、外灯の明かりも眩しいと言って、目を閉じたまま歩き出して石に躓いた。それを見ていた安芸文は、エンジンを止めて肩を貸し、部屋の中まで送ることにした。
「おい、鍵どこだ」
見当をつけて夏海のベルトに手を回すと、付けていたカラビナに何個か鍵があった。それらしい物でドアを開け、下駄箱の上に置いた。
緒田から、ののちゃんは一人暮らしだよ。と聞いている。
メゾネットタイプのアパートに入ると、部屋のスイッチがどこにあるかわからず、玄関の明かりを頼りに、ベッドの横に降ろした。
少しずつ目が慣れてきて、薄暗い中でも何となくは間取りがわかる。
「一人暮らしにしては、良い部屋住んでんだな」
呟いて、小さくため息をついた。
「あとは自分でできるな?」
声をかけている安芸文からは、糸の切れた人形のように項垂れている夏海の顔はよく見えない。
「吐くか? ん、なに」
吐かない、と呟いた声が聞こえなかった安芸文は、顔を覗き込んだ。
次の瞬間、後頭部に衝撃が走った。
咄嗟に閉じた目を開けると、視界の中には天井と夏海の頭が見えた。
「いって……、おい、」
圧し掛かっている夏海を引き剥がそうと、肩を押す。
「重い、食ったもんが出る」
「いい匂いする」
「そんなことよりどけって」
声が聞こえていないのか、床に両腕をついて、ゆっくりと深く安芸文に口づけた。
職場の後輩、それも同性にキスをされて、顔面に一発入れても許される状況だろう。
安芸文が顔を逸らし身動きを取ろうとする中で、布越しに主張してくる相手の熱さに、ぞくりとした感覚が駆け上がる。
こいつ、どういうつもりだ。
抵抗しながら何とか片膝を立てると、力を振り絞って横になぎ倒した。ゴスっという音を立てて夏海が床に転がると、わりぃ隣の部屋の人。と心の中で謝った。
さすがに痛みを感じたのか、夏海は仰向けになったが、眉間に皺を寄せながらも目を開ける様子がない。
安芸文はホッとした一方でどっと疲れを感じ、ベッドに背中を預けた。
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