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プロローグ
『これより神罰術式を発動します』
世界を終焉へと導く言葉は、至極簡単なものだった。
美しい声が、無機質に世界へと響き渡る。
空から響くようなその声は、何処に居ようと、どの様な言語だろうと、果ては言語すら理解していない者にさえも。
人々の魂に、刻み込むように鳴り響く。
眩い光の放流が世界に溢れ、世界を飲み込む。
それまで、人間が当たり前に存在していた景色が一変する。その場に居た人々の姿は、否、そこにあったものは、翠色の光を放つ樹木だけであった。
人間であった者達の残滓が見て取れる樹々は、瞬く間に枝はを伸ばし、より輝きを増して翠色の光で世界を満たしていく。
そして世界は翠色に染まり、人間の時代は終焉を迎えた。
◇◇◇
樹々が怪しく翠色に光る森の中、焚き火を見つめる一人の男が居る。
焚き火の傍らで男はシングルバーナーの火を焚いてコッヘルでお湯を沸かしている。
パチパチと焚き火が爆ぜる音だけが響く中、火にかけたコッヘルの水が沸騰し、男は用意しておいたドリップコーヒーにお湯を注ぐ。
広がるコーヒーの香りに、男の頬が緩む。
「ふぅ……いい香りだ」
1口2口とコーヒーを口にしながら男は呟き、ふと目線を横にやる。
そこにはうつらうつらと舟を漕いで眠気と戦っている、小学校中学年くらいの女の子が1人座っていた。
「ほら、こんな所で寝たら風邪ひくぞ。今日はもう休もう」
「……わかった……」
眠い目を擦りながら女の子は立ち上がり、男の方に近づく。
「おとうさん、だっこ……」
男はコーヒーを地面に置きながら立ち上がる。
「……仕方がないな、ほら行くよ亜依」
男に抱っこされ、嬉しそうに目を瞑る女の子。
男は女の子を抱き抱えながら今夜の寝床を目指す。
(……お父さんか……)
未だ戸惑いを覚えつつも、嬉しそうに呟きながら、ここにはいない子供たちのことを思い出す。
(伊緒達は無事だといいが……、真理は光に任せるしかないか――)
夜空を見上げると、怪しく翠色に光る樹々の間から月が輝く。
そのすぐ隣には高層ビルが立ち並び、ここが何処だったかを思い出させる。
「こんな世紀末みたいな世界で、俺はどうすればいいんだろうな……なぁ美夏……」
新都心のビルの谷間で、仁代星斗は一人そう呟いた。
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