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そんなアキノが恋をした!
天使の男の子に!
つまりアキノと同じく背中からたい焼き大の翼が生えた高校生に恋したってこと。
どうも近ごろ天使な若者たちはSNSで交流を深めているらしい。へー、楽しそうなこった。わたしはおもいっきり蚊帳の外でしたよー。
なんて茶化せないくらいに当人たちは深刻なのかもしれない。そもそも風貌から勝手に「天使」だなんて呼ばれているわけだけど、要は背中の細胞が突然変異して体毛が羽毛化して、骨格もずいぶんと変形しているわけだ。恐ろしい。痛みもないし訓練するとぱたぱた動くようにはなるみたいで、天使になった人々のなかにはオシャレの幅が広がったって喜んでいる人もいるみたいだけど。人形をぶらさげたりユニコーンカラーに染めたり、縁に穴をぷちぷち開けてピアスでぎんぎんにしたり、まあ、楽しそう。とはいえ、自分がすすんで天使になりたいかっていうと別問題だな。どうしても健康上の懸念とかは拭いきれないだろうし、うん、やっぱり当事者でもないのに安易に可愛いとかうらやましいとか言っちゃいけないな。
さて、問題は恋。アキノの恋ですよ。
アキノだって年頃なんだし、同い年だけどさ、恋とかすりゃあいいじゃん。わたしが気にしてるのはアキノが誰かに取られちゃうとか、そういう独占欲に関するようなことじゃなくて、アキノが恋をしたっていう事実を人づてに知ったという経緯についてだ。
朝。
教室の机でこっくりこっくり夢と現実と英単語をさまよっていると、「おはよー」とあっけらかんな声がするはずだった。なのにこの日に限ってアキノはなぜか「おはぬー」っていうよくわからない悪ふざけをかましながらやってきたのだった。駆け引きはもうはじまっていたのだろうか。
さっそくわたしは問い詰める。
Q:アキノさん、近頃ささやかれている新恋人に関してなんですが。
A:はあ? いやいや、新とか旧とかないから。初初!
Q:はあ。ではその初恋人のウワサに関してあなたは否定しないと。ていうか、もろに肯定してますね。
A:うん、つーか、今日のミフユいつもと違くない? 手厳しいっての? 他人かわたしたち?
Q:それはこっちの質問でして、というか、おもいがけず回答者の側から質問者に対して核心に迫る質問がなされたわけで。
A:え、あ、ん? 他人かってこと? そりゃ無論、否っしょ。い、な。ジョークじゃん、え、なんでそんなこと聞くの?
Q:うう、それは、うう、うう!
わたしのジャーナリズムはもろくも大破した。シャンプーハットを過信した子供のようにしみる目をぎゅっとおさえてわたしは情けない。
なんだよお前、バレエ教室に誘って置いてったら今度は秘密の恋人がいます、ってか! しかも恋人には自分と同じ翼が生えてます、ってか! 結局、翼のない友達には翼のないなりの話しかてきなくて、翼さえ生えてればたとえ出会いがSNSだってすぐに分かりあえる、ってか! まあでも学校にもたまには顔を出したいし暇つぶしの相手くらいは確保しといてやろう、ってか! てかてかてかてか、眩しいなあ、おい!
「え、え、ごめんごめん、別にそんなんじゃないってば」
アキノが急に真顔になってわたしの顔をのぞき込む。
「恋人ができたこと、隠してたわけじゃないんだよ。なんか、恥ずかしいしさ、それにいままでになかったことじゃん? 話題としては別枠っていうか、もっと放課後の屋上とかさ、いい雰囲気のなかで伝えたいなって、そんなトピックだったの、わたしの初恋って」
ああ、アキノ、優しい。屋上は不良生徒が入らないように扉が何重も施錠されてチェーンがぐるぐる巻きだけど。そしてわたし、卑怯。アキノの気持ちを聞く前から勝手に暴走して盛り上がって落ち込んで被害者ぶってバカ。さらにね、
「アキノがそうおもってくれてたのは嬉しい」
とか言っちゃう。わたしはゲロ! 寝ゲロ! でもね、これがわたし。これが性分。この世に生まれ落ちるって残酷だね。
「もしよかったらさ、今度紹介するよ。ハルタってんだ。ミフユは嫌いかもな。なよっとしてんだよ、あいつ」
でもそこがわたしは好きなんだよ、と言わんばかりにとろけた笑顔のアキノだ。
ホームルームの開始を告げるチャイムが響いた。アキノは「そろそろいかなきゃ」って教室をそそくさと出ていったんたけど、むしろここからいなきゃダメだろ。
まあ、でもスッキリした。おもってるだけで言葉にならないことばかりだと自律神経もおかしくなるだろうし。アキノはやっぱり変わらないままアキノだったし。でも、やっぱりわたしに言えなくて恋人のハルタくんとか、その他大勢の翼の生えた人たちにしか話せないこともあるだろうな。ま、別にいままでだってアキノのことをなんでもかんでも知っていたわけじゃないか。逆にアキノだってわたしが腕相撲強いこと知らないし。いいんだ。いいんだからいいんだ、で済むんだ。
赤い羽根事件が起きたのは、それから一週間後。
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