第一章

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第一章

 落ち葉が降り積もる庭は秋の匂いがした。  イヴァン・バキシロアの数歩先を黒い着物で身を包んだ黒髪の少年が歩いている。  名は蝶衣(テェーイエ)。  元蝶の国(ちょうのこく)の王で現在はソル国軍の捕虜だ。  身体に厚みはなく着物からたまに見える手首の関節は華奢で、一見すると少女のように見える。しかし、彼には蝶の国の民を動員しソル国へ戰を仕向けた戦犯容疑と高官五十人を殺害した容疑がかかっていた。  イヴァンの目の前をひらりと黒い羽の蝶が横切った。  秋の蝶は大きな山脈を幾つか超えた先にあるソル国で育ったイヴァンには馴染まないが、ここ蝶の国では冬を難なく越し翌年まで生きる。今は一羽しか見えないが、多数の蝶がすぐ傍の白樺の木の幹や切り株に止まりイヴァンを監視しているはずだ。  一睨みされるだけで若い軍人は震えあがる冷たげなイヴァンの青い瞳が庭を見回す。やがて視線が蝶衣にまた戻った。  蝶衣は、野鳥のさえずりに立ち止って夕焼け色の染まる空を眺めていた。  一向に姿を見せない野鳥に残念そうな顔をしてつま先でそっと落ち葉を蹴り上げる。イヴァンがふっと笑うと振り向いて照れたように落ち葉を踏みしだいた。  普段、館をぐるりと取り囲む兵士たちは今日は反対側の庭を警備している。ここには二人だけだ。自由のない蝶衣のためにせめてもの人払いだ。  夕陽が山影に隠れようとしていた。 「蝶衣。もうそろそろ館に戻ろう」  声を掛けると「はい」という素直な返事があった。  踵を返し歩き出す。  夕陽を背負う形になり二つの黒い影が伸びた。  大きな影と小さな影だ。  蝶衣は影でもやはり小柄だなと見つめていると、小さな影がイヴァンに向かって伸ばされた。すっと伸ばされた指先は、光の加減のせいなのかナイフのように尖って見える。  イヴァンは素早く振り向くと蝶衣に足払いを掛けた。そのまま落ち葉の絨毯に寝転ばせ細い身体の上に馬乗りになる。両腕を抑えつけた。舞い上がった落ち葉がはらはらと落ち、土の匂いが立ち上ってくる。  イヴァンの軍帽が外れ、金の髪が零れた。蝶衣があっけにとられたように見ていた。 「何をするつもりだった?」  蝶衣の押えた両腕を頭の上に捻り上げる。着物の袖がめくれ青白い血管が浮く手首が露わになった。袖の中に手を滑り込ませ手首から肘まで触る。ひんやりとした滑らかな肌が吸い付いてきた。 「……っ……ん」  蝶衣が押えた吐息を漏らす。    同時に先ほどの黒い蝶が急降下して二人の間を切り裂くように飛んでいく。そしてまた戻ってきてしつこく視界に入り込んでくる。イヴァンは煩げに手を上げ黒い蝶を払った。
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