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さて、自分が亡くなった場所は会社のデスクだった。
給与事務を一人でおこなう自分は棚にある資料を取りに立ちあがろうとして、眩暈を感じた。そのまま椅子に座りなおそうとして机上に突っ伏す。あっという間に体から意識が抜けた。一片の無駄のない見事なまでの過労死である。
しかし、この一大事に誰も気がつく様子はない。パソコンが苦手なおばちゃん社員は、お茶を俺のデスクに声もかけずに置いていく。同室の奥にいる課長はちらりとこちらを見遣るが、ため息をつくだけ。定時になるやいなや色落ちした茶色の鞄を持って、さっさと帰っていった。
俺は(人ってこんなに突然、死亡するものなのか)と驚く。なにかの作業中に死んだわけではないから、机に突っ伏したままのニセモノと化した。
その状態で数日が経った。
課の扉が開いて、真っ赤な防火服のようなものを着た連中が三名入ってきた。その背後から課長がこちらを指さして何やら口を動かしている。霊である自分の耳には届かず、意味不明だが。
防火服たちは俺のニセモノを椅子にしばり、前方に銀の衝立を設置する。
ホースを持ちだし、先に取りつけた金具をこめかみにあててきた。死んでいるので感覚はないはずだが、ひんやりとする。カチリと音がした後、すぐにニセモノの全身は炎につつまれた。
次に課長は顔を別方向にむけ、決まった時間にお茶を入れるおばちゃんを指さす。
防火服一号がひらりと銀のシートを敷く。ニ号はおばちゃんへタックルをして、押し倒した。シート上のおばちゃんは、からからと音をたてて転がる湯呑へ両手を伸ばす。
防火服三号がおばちゃんのニセモノの背中を、さすまたのような物で固定した。これでもかと言わんばかりに炎を浴びせる。
(おばちゃんいつ死んでいたのだろうか)。
疑問に思いながらも、俺はようやく成仏できる喜びに浸った。が、まったく天国へ魂が飛んでいく感覚はおこらない。ふわふわとニセモノの傍らで魂は浮いているのみ。
今までのニセモノにもへその緒のように各々魂が結びついていたのだな、と妙な感心があった。そして、ニセモノが燃やされたら魂はそこに残置されるのだ。
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