1人が本棚に入れています
本棚に追加
新興住宅地のセキュリティがしっかりしたマンションの一室が、僕の家だ。家族とは一緒に住んでいない。コロナ禍が落ち着いた時、父の海外赴任が決まって、母は父についてゆくことにしたのだ。
『悠人は日本で大学まで行ったほうがいいでしょう?』
母の提案に僕はうなずき、それまで家族三人で住んでいた3LDKはとても広くなった。毎月仕送りが振り込まれるから生活には困らない。のだが。
「あーっ、樋村! 何なのこれ!?」
玄関を開けて三足の靴を玄関に残し、リビングに入った途端、南が額に手を当ててあきれきった声をあげた。
言いたいことはわかる。男子高校生一人暮らしの家がまっとうに片付いているほうが珍しいだろう。脱ぎ捨てたシャツや靴下がソファにかかって、キッチンのシンクにはカップ麺の器が積み重なっている。
「土日にいっぺんに片付けてるんだよ」
「典型的ものぐさの言い訳ね」
南は深々とため息をつくと、僕にしがみついているメイを見下ろした。
「あなた、家事はできる?」
「かじ?」
「掃除とか洗濯とか」
南に問われて小首を傾げていたメイは、笑顔の花を咲かせる。
「おそうじできるよ! 掃除機びゅーんってする!」
「じゃあ、そのあいだに洗濯機を回しながら、わたしが夕ご飯を作るわ」
「おねえちゃん、ごはん作れるの?」
あごに手を当てて場を仕切り始めた南に、メイが興味津々で飛びつく。
「すごい! おかあさんみたい!」
「ファッ!?」
メイの邪心のなさに毒気を抜かれたのか、南が変な声を出して固まる。
「おねえちゃん、お名前なんて言うの?」
「わ、わたしは芹乃……」
「じゃあ、ゆうとがおとうさんで、せりのがおかあさんね! メイの家族!」
南がぐ、ぎ、ぎ、ぎ、と音を立てそうなぎこちなさで、僕のほうを向く。その顔は耳まで真っ赤だ。かく言う僕も、相当頬が紅潮しているだろう。
「おそうじするね! せりののごはん、楽しみ!」
メイだけがうきうきにはしゃぎながら、スティック掃除機を手にし、背中の翼をはためかせながらすいすいと床を滑らせる。南も気を取り直したようで、冷蔵庫を開けて。
「何よ、レトルトだけどカップ麺以外も買ってるじゃない。これなら何とかなりそう」
と吟味し始める。
「樋村。家主がぼーっと突っ立ってないで洗濯機くらい回してくれる?」
あきれた様子で細めた目を向ける南に「はい……」と小さく返し、滅茶苦茶な鼻歌を歌いながら掃除機をかけるメイを背後に、散らかった洗濯物を集めて洗濯場へ向かった。
最初のコメントを投稿しよう!