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埃を吸い取り、洗濯物を部屋干しした中に、美味しそうなにおいが漂う。南がありあわせで作った夕食の卓に、僕と南とメイでつく。このテーブルが三人で使われるのも久しぶりで、なんだかくすぐったい。
「おいしーい! せりのは魔法使いみたい!」
「レトルトのハンバーグを温めただけよ。新鮮な野菜が無いから、冷凍されてた野菜をコンソメでゆでて付け合わせにしたの」
「でもサイコー!」
ほめられて照れくさそうにはにかむ南に、ほっぺたいっぱいにハンバーグを詰め込んだメイはにこにこ顔を向ける。
「やっぱりせりのはおかあさん!」
そしてメイは僕のほうを向く。
「ほらほらゆうとおとうさん、せりのおかあさんをほめてあげて!」
「え、あ、ああ。うん」
炊きたてのごはんを食べるのも久しぶりだ。冷凍ごはんを解凍したものとは美味しさが段違いで、こんなにも差があるものなのかと思い知る。
「南のおかげで、久々に美味しい食事ができてる。ありがとう」
「ひゃ」
「ちがーう!」
また顔を赤くする南。そして不服そうにくちびるを尖らせて抗議するメイ。
「おとうさんとおかあさんは名前で呼び合うでしょ!?」
待ってくれ。どこから拾ってきたんだ、そんな常識。
「ほらほらおとうさん、ちゃんとおかあさんを『せりの』って呼んで!」
ぷっくり頬を膨らませるメイの言うことを聞かなければ、彼女はずっと機嫌を損ねたままだろう。ひとつ咳払いして、南の方を向いて、真顔で言い切る。
「美味しいごはんをありがとう、芹乃」
途端に、南が目を真ん丸くして完全に硬直した。それからまたゆでだこのように赤くなった顔をそらして。
「ど、どういたしまして……悠人」
どさくさに紛れてこちらまで名前呼びをされたので、なんだか面映ゆくなってしまう。不自然な無言に陥ってしまう僕たちをよそに、メイは欣快に堪えない様子だ。
「ゆうとが幸せでうれしい! ゆうととせりのが幸せでうれしい!」
目一杯の笑みを顔に満たすメイは、たしかに天使のようだ。はしゃぎながら僕たちを見回す。
「おとうさんとおかあさんとごはんを食べられてうれしい! 明日はみんなで遊園地に行きたいな!」
「明日の話までするなんて」
南がおかしそうにぷっと噴き出す。たしかに明日は土曜日だ。この転がり込んだ自称天使のたまごがいつまで居座るかはわからないが、まあ、それくらいは付き合ってやってもいいだろう。
「芹乃さえ良ければ」
「ええ、わたしも明日は何も用事が無いから」
「やったー!!」
僕らが顔を見合わせて苦笑を浮かべると、メイは「やったー!!」と椅子の上に飛び上がって。
そのまま。
椅子ごとあおむけに倒れこんだ。
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