お隣の天使様がダメ女だった件

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イラストは天使様こと天海姫璃さん d614387e-2ebf-4adc-80a7-f338c1b539f7 「なあ!テンナシ! そろそろオレを招いてくれてもいいだろ?!」 「やだよ!一晩中上映会やってお前のウンチク聞かされるに決まってんだから!」  オレの名前は佐藤市朗(さとういちろう)!“一軍”の奴らから『点無し』とあだ名を付けられた! 『座頭市』の濁点が無いからと言う理由で。  一方、“一軍”の奴らがコイツに付けたあだ名は『キモタク』  本名は“木村”だが、キムタクとは似ても似つかぬ“キモイオタク”と言うのがその理由だ。  最もオレはコイツの事を『タクヤ』としか呼ばない。例えタクヤがオレの事をテンナシと呼んでもコイツの事はキモタクとは呼ばない。同じ三軍同士なのだから、そうするのがオレの矜持だ。 「だったらタクヤを独り暮らしの部屋に呼んでやってもいいのに」と言われるかもしれないが、オレは海外勤務の叔父夫婦(ちなみに子供はいない)の留守を預かっているに過ぎず、学校からほど近いこの部屋が、まかり間違ってクラスメイト達の溜まり場になって、近隣の迷惑にでもなったら叔父夫婦に合わせる顔がない。  杞憂だと笑われるかもしれないが、実はそれ相応の理由があるのだ! 「まあいいや! “嫁”が今日も慈愛溢れる微笑みをオレにくれたから!」 「また天使様の話かあ~ 天使様を“嫁”呼ばわりしてるのが一軍の連中の耳に入ったら、お前シメられるぞ!」 「どんな迫害を受けようとも嫁に対するオレの愛は不滅だ!」 「勝手に言ってろ!」  この天使様とはクラス1……いや学年1の美少女“天海姫璃(あまみめいり)”の事だ。  才色兼備だし性格もいい。  クラスでの立ち位置は絶対的に一軍なのだが、誰にでも分け隔てなく優しい笑顔で接するところが天使様と呼ばれる所以だ。  だが、陰キャのオレはこう思ってしまう。 「誰にでも分け隔てなく優しい笑顔する」と言うのは少なくともクラスメイト全員に興味が無いか、もしくは心の中に隠し事をしているんじゃないかって!  本当は嫌いなヤツが居るとか絡むのがメンドクセーとか、はたまた影番張ってるとか……ハ・ハ、どこかの古びたマンガじゃあるまいし影番はねーか!  --------------------------------------------------------------------  ようつべにはcoverしか上がって無いしサブスクでも配信されてない古い曲を聴きたくて“OFF”を何軒かハシゴして……ようやく見つけたCDが100円だったのが、なお“勝った感”をUPさせてオレは駅を出た。  土曜日を潰して交通費もかかったけどこの満足感は大きい!  そしてこの時間ならスーパーのお弁当は割引になってるはず!  と言う訳で、オレは首尾よくゲットした明日の昼までの食料(半額のお弁当、お惣菜)でエコバックをパンパンにしてマンションまで帰って来た。  と……ドアの前に人が蹲っているのが見える。 「何だ?! 髪は長いけどボサボサ……グレーのスウェットの上下だし……裸足?! 女の人っぽいけど、顔見えないし、レゲエのオジサンかも?! ヤバいなあ……」  恐る恐る近付くと、ガバッ!と身を起こされた。  まったく見覚えの無い、度の強い黒メガネの女の人だ! 「良かったぁ!!! もぅ~!!誰も帰って来ないし!! ホント!どーしよかって!!とにかく早く開けて!!!」 「えっ?!えっ?!」 「早く!!!!! ピンチなんだから!!!」  まるで野獣の様に抱きつかれて怒鳴られたんだけど、一瞬感じた抱き心地は恐ろしく柔らかい。  とにかく彼女はオレの手から鍵を引ったくってドアを開け“勝手知ったる”みたいにトイレへと飛び込んだ。  オレは茫然としながらも“エチケット”を守れる範囲の距離を取ってじっと身構えていた。  やがてトイレから出て来た彼女は洗面所で手を洗い、その手をスウェットで拭いながら声を張り上げた。 「ねえ! 雑巾とロープを貸してくんない?!」 「へっ?!」 「無いの?!」 「いや、雑巾はあるけど、ロープはあったかな? つうか! 見も知らぬ人からこんな事言われたりされたりする筋合いないんだけど……」 「え~っ?!佐藤クン酷い! 私達同じクラスじゃん! それとも何?! キミは見た目で人を判断するの?! 確かに今、制服は着てないけどさぁ~」  そう言われても『佐藤』って苗字は表札見りゃ分かるし、新手の“物取り”かもしれん!  オレがこんな疑いのジト目を向け、逡巡していると彼女はため息をついてメガネを外しチョイチョイと手招きした。 「襲ったりしないから」  近寄って見ると彼女は輝かんばかりの笑顔を発動させた。 「天使……さん??!!」 「そのあだ名、肯定したくないけど……まあそうだよ」 「冗談じゃ……無いよね?」 「いくらバカな私でも……冗談でお隣様のおトイレまでは借りに来ないわよ!」 「お隣って!! いつから??」 「いつからって?! キミがこの部屋に来る前から私は隣に住んでるよ。ちなみにキミ歌上手いね。風呂オケで歌っているのが時々聞こえていたよ」 「いや、そんな話、今いいから!! 何でこういう状況なの?!」 「ああ……私、宅配来るの忘れてお風呂入っちゃっててさ!チャイム鳴って慌てて出て……うっかり締め出されちゃった!」 「締め出された??!!」 「うん! 私ん()、変でさ! 『子供は15歳になったら自主性を育むべきだ』とか言って独り暮らしさせるの! でもその割には心配性だから鍵をわざわざオートロックに変えちゃってさぁ~こっちは不便でしょーがないんだよ!」 「だからって何で雑巾とロープなの?」 「ああ、雑巾はね。私の足跡で汚しちゃったから……」  なるほど!“天使様”の足取りと“心模様”の軌跡がしっかりと廊下に残っている。 「でもロープは何に使うの?!」 「それは命綱! ベランダを伝って掃き出し窓から入るしかないんだもん!」 「ここ7階だよ! そんな事、絶対ダメだ!」  で、結局オレは天使様にスマホを貸してあげた。 「……明日の午後ね。ありがとう!やっぱりママは世界一!! ……今? お隣の叔父様の所。叔父様? ちょっと待ってて……」  天使様は空いてる手でオレに書く物を要求し『オジサマになりすまして丸め込んで』と書いたものだから、オレは冷や汗混じりで“お母様”からのお礼の言葉を受け取った。  で、今は何をしているかと言うと……買って来た割引のお弁当を二人して突いている。 「佐藤くんさあ~」 「別にテンナシでいいよ」 「テンナシってあだ名、気に入ってるの?」 「それは無いよ」 「じゃあ言わない! だから私の事も苗字で呼んでよ」 「りょーかい! で、何んなの? 天海さん!」 「うん!後でお風呂と……佐藤くんのパンツとかスウェット貸してくれる?」  その言葉にオレは危うくお茶を吹いてしまうところだった。 「な、何でオレのパンツなの??!!」 「だってしょーがないじゃん!着替えないもん!」 「だったら、叔母さんのを借りなよ! 叔母さんにはオレから謝っておくから!」 「そっか!その手があった!! 佐藤くん!天才!」 「何を訳の分からん事を……」 「で、そのの在処は分かる?」 「叔父さん達の寝室のクローゼットにあると思う」 「あーっ!ガサ入れした事あるんだ~やらしいなあー いくら叔母様が綺麗だからってそれは違うと思う」 「してねえし!!」  こうやって散々オレを弄ってから天使様はお風呂に入った。 「どう?!似合う?」  お風呂から上がって、お召し替えした天使様はわざわざオレの前に立ってクルリ!と一回りして見せた。  オーラーと洗い髪の香りが辺り一面にキラキラと飛び交って……オレは天使様が本当はダメ女である事をしばし忘れた。
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