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第3話:妃選び(2)
午後の日差しが柔らかく降り注ぐ中、ナターリヤとハンナはスヤバード王国の首都ナスタの町を初めて散策していた。
町は活気に満ち、賑やかな市場や色とりどりの屋台が通りを埋め尽くしている。人々の笑い声や会話が絶え間なく聞こえ、町全体が祝祭のように華やいでいた。
「わあ、ナターリヤ、見て!あそこに大きな噴水があるよ!」
ハンナが興奮した声で言って、指差した。
「ほんとうね、ハンナ。すごく美しいわ」
ナターリヤも微笑みながら答えた。
二人は噴水の広場に向かって歩き出した。広場の中央には壮麗な噴水があり、水がキラキラと輝いている。噴水の周りには花々が咲き誇り、まるで絵本の中の世界のようだった。
「アイスクリームを買おうか?」
広場に出ていたアイスクリームの屋台を逸早く見つけたハンナが目を輝かせる。
ナターリヤがくすくす笑う。
「ん?何かおかしい?」とハンナ。
「ううん。笑ってごめんなさい。でも、昨日の夜のことを思い出しちゃって……」
「だって仕方ないだろ」ハンナは。右手の人差し指で軽く頬をかく仕草をしながら言った。「眠れなくてさ。だから、どうして眠れないんだろうって考えて……それで、お腹が空いてるからだという結論に……」
「食べましょう、アイス!」ナターリヤは、そんなハンナの手を取って、屋台の方へ弾むような足取りで歩き出した。「わたしも、アイス食べたいわ」
覗いてみると、屋台とは思えないほど、色とりどり、さまざまな味のアイスがあった。こういうところも、さすがにナスタだった。
「こんなにたくさんあると、迷ってしまうわね。どの味にしようかしら?」ナターリヤはメニューを見ながら考える。
「ボクはバニラだ。いつもそう決めているんだ」
「じゃあ、わたしはストロベリー」続けてナターリヤも注文した後で、ハンナにだけ聞こえる声で言った。「国でもね、いつもさんざん迷って、最後はストリベリーなの」
二人は自分のアイスを受け取ると、噴水のそばのベンチに腰を下ろした。
「ねえ、ナターリヤ。ボクたちの誰かが王子のお妃になったら、こんな自由な時間を過ごせなくなるのかな?」ハンナがアイスクリームを一口食べながら言った。
「どうかしら……。でも、きっと素敵なこともたくさんあると思うわ」
ナターリヤは微笑みながら答えると、静かに辺りを見回した。
着飾って、腕を組んで歩いている男女がいるかと思えば、貧しい服装で、顔を墨で汚しながら、人の靴を磨いて僅かなお金をもらっている人もいる。富と貧しさ。光と影。広場は、ナスタという巨大な都市の縮図のようにナターリヤの眼には映った。
アイスクリームを食べ終えた二人は、次に町の中にあるおしゃれな服飾店に入ることにした。店内には美しいドレスや装飾品が並んでおり、どれも見事な出来栄えだった。
「ナターリヤ。このドレス……どう思う?」
ハンナがちょっと恥ずかしそうにナターリヤに見せたのは、レースのフリルがかわいくあしらわれた、やさしいピンク色のドレスだった。
「とっても素敵よ。ハンナにぴったりだわ」
ハンナはドレスを体に当てて鏡の前に立ち、少し照れたように笑った。しかし、彼女はすぐに首を振った。
「ううん、これはやっぱりボクの服じゃないな。かわいすぎるよ」
「そんなことない!ハンナには、こういうドレスがよく似合うわ」
ハンナは少し俯きながら、「ありがとう、ナターリヤ。でも、ボクにはもう少しシンプルな服が合ってるんだ」と答えた。
「ハンナ……」
(ハンナは、自分の女の子らしい部分を、無理に封じようとしているみたい……)
ナターリヤは思った。
(この子も、きっと何かの使命を帯びて、ナスタへ来ているんだわ。異国の地で、不安や緊張と必死に戦っているんだわ……)
昨日の夜眠れなかったというのも、本当にお腹が空いていたのが理由だったのだろうか?よく思い出してみると、大皿に山盛りのパンケーキを作ったくせに、ハンナ自身は、あまり食べていなかったような気がする。
もっとも、いきなり現れたジェジェットのマイペースぶりに毒気を抜かれたという部分も、確かにあったに違いないが……。
服飾店を出ると、町には既に夕暮れが忍び寄っていた。
「そろそろ戻りましょう。今日は楽しかったわ」
「そうだね。次の休みの日にまたこよう」
二人は手をつないで、城に戻る道を歩き始めた。
「こっちの方が近道じゃないか」
ハンナが大通りから、一本の路地の方へナターリヤを誘った。
「よく知らない路地に入るのはやめましょう。暗いし、なんだか怖いわ」
「だいじょうぶだって!ボクがついてるからには、悪漢なんて恐るに足らず、さ!」
ハンナはナターリヤの手を引くようにして、路地の奥へと足早に歩き出した。
一本路地に入っただけなのに、行き交う人々の服装が明らかに変わった。男も女も、一見して下層階級と思われる垢じみた衣服を身につけた人たちばかりだ。彼らの中には、擦れ違いざま、ナターリヤとハンナにジロジロと無遠慮な視線を投げかける者もいた。二人の足は自然に早まった。
――と、いきなりナターリヤが立ち止まった。
「わっ、どうした?」握った手を引かれたハンナが、思わずよろめいた。
「ハンナ、あれを見て」ナターリヤがハンナの耳元に唇を寄せ、囁くような、だが鋭さのこもった声で言った。
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