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第1話:突然の襲撃(1)
鋭く空気を切り裂く音。
馬の甲高い嘶き。
馬車が大きく揺れ、ナターリヤは床の上に投げ出された。四つん這いになって叫ぶ。
「どうしたの?!……デハルト!」
護衛の名を呼んだが、答える声はない。
代わりに聞こえてくるのは、女たちの悲鳴。硬い金属が激しくぶつかり合う音。そして――鋭利な刃物が人の肉を切り裂く、なんとも言えないおぞましい音。
ナターリヤは馬車の前まで這っていくと、なんとか立ち上がり、両開きの戸を押し開ける――
「うそ……でしょ……?!」
そこでは戦闘が――いや、虐殺が行なわれていた。
馬に乗った、武装した男たちの一群が、ナターリヤの馬車を囲んでいた。数は十五、六人というところか。電光の速さで弓を射かけ、馬上から剣で薙ぎ払う。動きに無駄がなく、人を殺すことにためらいもない。一目でプロの殺し屋集団だとわかる。
ナターリヤに付き従う者たちは戦闘員ではない。女たちが多く、男は高齢なものが多い。
戦闘員としては役に立たない者ばかり。彼らは悲鳴を上げて逃げまどうしか術はないのだ。
あまりの状況に呆然としていたナターリヤが、はっと我に返る。
「デハルト!どこにいるの?!」
ナターリヤの護衛・デハルトーーナターリヤ一行の中で、唯一戦うことのできる男。
「姫、馬車から出てはなりませぬぞ!」
デハルトの声が聞こえた。ほっとしたのも束の間、
「デハルト……あなた……その身体……」
ナターリヤは両手で口を覆った姿勢で固まった。
デハルトは、既に血まみれであった。
鬼のような形相で剣を振るっている。
その時、また空気を切り裂く音がして、一本の矢がデハルトの背に突き刺さる。
「デハルト!」悲鳴がナターリヤの口からほとばしる。
デハルトは前のめりに倒れかけるが、自らの剣を杖になんとか踏みとどまる。
「姫!……姫は馬車の中に……お、お戻りください!」
「で、でも……」
「ここは臣が食い止めます故、姫は一刻もはやくナスタへ」
「いけないわ!あなたたちを置きざりにするなんて……そんなこと、できない!」
「いいから、言うことを聞け!」
初めて聞くデハルトの厳しい声に、ビクッとするナターリヤ。
その時、また空気を切り裂く連続音が響いた。
複数の矢が、一斉にナターリヤ目がけて放たれたのだ。
「伏せてください、姫!」デハルトが叫ぶ。
しかし、矢は完全にナターリヤの逃げ道を封じている。
(よけられない……そうか、わたし、死ぬんだ……ここで……)
ナターリヤの頭の中に、壮麗な都市のイメージが流れる。
(ナスタ……スヤバード王国の首都……結局、この眼で見ることはできなかった……もう少しだったのに……「お妃選び」に参加することすら叶わず……)
迫りくる矢。ナターリヤは思わず眼をつぶる。
(お母さま、役立たずの娘でごめんなさい……)
ところが、矢が体に突き刺さる衝撃がこない。
(……?)
ナターリヤは、おそるおそる眼を開けた。
「デハルト!」
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