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第2話:首都の夜(7)
ナターリヤはベッドに横たわって、暗い天井を見上げたまま、いつまでも眠れなかった。
(わたしは明日から、このナスタで生きていかなければならないんだわ……)
エアリスが去って、ひとりで部屋にいると、改めて〝孤独〟が水のようにヒタヒタと自分の身を浸してくるような気がした。
クオニア公国からずっと自分に付き従って来てくれた――そして、今はいない者たちの顔が次々に浮かんでくる。
(わたしにとって、あなたたちは故郷そのものだったのよ……)
エアリスの前では、毅然とした様子を見せていたが、実際にはナターリヤは、まだ16歳の少女にすぎない。
俯せの姿勢になると、枕にぐっと顔を押しつけた。
(ううっ……うううっ……)
歯を食いしばっても、嗚咽が口から洩れ、一度堰を切った涙は、後から後からこぼれて枕を濡らす。
(今日だけ……今日だけ泣くことを許して……)
強くなると決めた日から、ナターリヤは一度も泣いていなかった。
でも、今日だけは、ナターリヤは自分の〝弱さ〟をさらけ出すことを自分に許した……。
どのくらい泣いていただろうか、ナターリヤはふと枕から顔を上げた。
ベッドサイドテーブルに手を伸ばし、灯をしぼってあったランプを調節し、部屋を少し明るくする。
耳をすました。
ガシャン……
カチャ……
(空耳じゃないわ。廊下の奥から聞こえるようだけど、何の音かしら?)
ナターリヤはベッドから下りると、室内用の上履きを履いて、そっとドアを開けた。
廊下が伸びているのはわかるが、真っ暗である。
この城に入った時、ナターリヤは気を失っていたため、城内がどのような構造になっているのかまったくわからないのだ。
(明日の朝まで待った方がいいわよね……)
それが理性的な判断であることはわかっていた。しかし――
カチャ、カチャ……
闇の奥から、金属が触れ合うような音が聞こえたかと思うと、
ガッシャーン
何かが硬い床に落ちたような、一際甲高い音が響いた。
ナターリヤは心を決めた。
そっとドアを閉めると、帰り路がわからなくならないように、片手を壁につけて、ナターリヤはそろそろと廊下を歩き出した。
廊下には絨毯が敷かれている上に、やわらかい上履きを履いているおかげで、ほとんど足音は立たない。
円柱のところを左に曲がる。すると、奥に白い光がぼんやりと見えた。
(あそこだわ……)
ゆっくりと近づいていく。光がはっきり見えてくるにつれ、中の音も大きくなる。
ナターリヤは、ゴクッと唾を呑み込んだ。
おそるおそる、開いたままの戸から中を覗き込む。
「あ!」
ナターリヤは思わず声を上げてしまい、慌てて両手で口を押さえた。
そこは、厨房であった。
そして、中ではどう見てもメイドではない一人の少女が、ボールに入れたものを勢いよくかき回しているところであった。
ナターリヤが洩らした声が聞こえたのだろう、少女は栗色のポニーテールの髪を揺らしながら振り返り、悪びれる様子もなく、ニコッと笑った。
「よう!」
ナターリヤは眼を丸くして、その場に立ち尽くした。
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