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第2話:首都の夜(8)
「ちょうどいいところへ来た」
ポニーテールの少女は言った。「手伝って!」
「え?え?」
状況がまったく摑めず、途方にくれているナターリヤにはかまわず、少女は、手早く火を熾すと、フライパンを温め始めた。
「そこのボールを取って」
「こ、これ?」
調理台の上に、銀色のボールがあり、中にはどろっとした感じの白いものが入っていた。
「そう。早く!料理もお菓子作りも、剣と同じ。スピードが肝心だ!」
「は、はい!」
ナターリヤはボールを持って、少女に渡そうとする。
少女はそれを直接受けとらず、ボールの縁についている、白いどろりとしたものをちょっと指の腹で掬い取ると、フライパンの上に垂らした。
パチパチッと油の跳ねる音がして、フライパンの上にいったん薄く伸びた白いものが収縮し、色も黄色に変わる。
「よし、ちょうどいい温度だな」
少女は満足げに頷くと、ごく当然のことのように、ナターリヤに言った。
「そのボールの中身を、フライパンに流し込むんだ。いいか、そっとだぞ……」
「わ、わたしが……?!」
残念ながら、ナターリヤにとっては、ちっとも当然ではない。
「なんだ、パンケーキも作ったことないのかよ」
「ご、ごめんなさい」
呆れたような少女の顔を見て、ついあやまってしまうナターリヤ。
「ま、いいや。とにかく、やってみな」
「で、でも……どのくらいの量を入れればいいかわからなくて……」
「簡単だよ。適量さ」
「て、適量?」
(それが一番難しいんですけど……)
心の中でブツブツ言いながら、それでもナターリヤは片手でボールを抱え、もう片方の手でレードルを握りしめると、白いものを掬い取って、フライパンに垂らす。
「いいぞ、その調子だ。こいつが焼き上がったら、すぐ二枚目を焼くからな。何しろ料理とお菓子作りは……」
「スピードが肝心、でしょ!剣と同じくね!」
「そういうこと」
ポニーテールの少女がナターリヤにウインクした。パチッと音がするような、明るくかわいらしいウインクだった。
「ごめんなさい。大きさが不揃いになっちゃって……」
ナターリヤが申し訳なさそうに言った。
厨房はメイドたちの食堂も兼ねているらしく、長テーブルがあった。そこに置かれた大皿に、パンケーキが山盛りになっている。だが、確かにナターリヤの言う通り、パンケーキはちょっと大き目のものもあれば、小ぶりのものもあった。
「上出来、上出来。お味よければ、すべてよし、さ」
ポニーテールの少女が両手を腰に当て、満足げな微笑みを顔に浮かべたが、「あれ?」と小さく呟くと、指を差してパンケーキの数をかぞえ始めた。
「おかしい……なんか、数が減ってないか」
「え?ほんとう?」
ナターリヤも慌てて数を確認しようとした。その時――
「うわっ、いつの間に入ってきてたんだ?」
ポニーテールの少女が指差した方へ眼をやったナターリヤも、思わず「あっ」と声を上げた。
長テーブルの端に、ひどく小柄な少女がちょこんと腰かけていた。
室内なのに、つば広の青い帽子を被っている。その下からあふれ出したような淡いピンク色の髪が、まっすぐ背中まで垂れている。
どこから出したのか、取り皿にパンケーキを何枚も重ね、それを小さい手で器用に切り分けては、あーんと口を開けて頬張っている。
「こ、子供?」とナターリヤ。
「ってか、も、もう食ってるし……!」ポニーテールの少女も眼を白黒させた。
――これが運命の出会いであることを、三人の少女はまだ知らない。
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