第2話:首都の夜(11)

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第2話:首都の夜(11)

「ポルオソの旦那」 ザロフは、呼び出してもらった獄吏に揉み手をしながら、せいいっぱいの愛想笑いを向ける。 ただ、顔の傷に凄みがありすぎるので、不気味さがより一層強調されただけなのだが、本人は気づいていない。 「おい、ここへは来るなと言っただろ。殺し屋と一緒にいるところを市民に見られたら、さすがにまずいからな」 腹の突き出た、豚のような獄吏が露骨に不機嫌そうな顔をした。 「最近、俺にはすごい後ろ盾が出来たんで……旦那には決してご迷惑はおかけしません」 ザロフは素早く、ポルオソの手に金を握らせる。 手の中の金をちらっと見て、ポルオソは軽く頷く。 「後ろ盾か。どうやら嘘じゃないらしいな。それで、何を訊きたい?」 「最近、牢の中に魔女はいねえですかい?いたら見せてもらいたいんだが」 「魔女?そんなものを見てどうするんだ」 「俺も最近、魔女らしい女を見たんだが、今一つ確信が持てねえ。それで、魔女ってのがどんなものなのか、参考までに見せてもらいたいんですよ」 「今日、一人捕まえたのがいるぞ」 「そりゃあ、いいや。ぜひお願いします」 獄吏は金壺眼の片方をつむった。ウインクのつもりらしい。 「あ、これは気づきませんで……」 ザロフはまたポルオソの手に金を握らせる。 (くそっ、豚役人め……!) 愛想笑いを浮かべながら、ザロフは心の中で毒づく。 「よし、見せてやろう」 「そいつは今、独房にでも入れられてるので?」 「いや」豚のような獄吏は、嗜虐的な笑いを浮かべた。「貴賓室(VIPルーム)で、手厚いサービスを受けているところだ」 王立獄舎の奥には、罪を自白しない容疑者を厳しく訊問するための拷問部屋があった。 華やかなスヤバード王国の闇の部分と言っていい。 現国王であるルトムントは、異教徒に対して徹底的に弾圧を加えることで有名であった。とりわけ〝魔女〟は、邪教を信仰するものとして弾圧の対象となり、スヤバード王国では、公然と〝魔女狩り〟が行なわれていた。 〝魔女〟の嫌疑をかけられたものは、正式な裁判を受ける権利を剥奪され、直接ここ――王立獄舎に送られる。獄舎の奥には拷問部屋が設けられており、そこでは〝訊問〟とは名ばかりの激しい拷問が、自分は〝魔女〟だと自白するまで続けられた。 魔女の嫌疑には多く冤罪も含まれており、それらの者が拷問の苦痛に耐えきれず、嘘の自白をしても、最後は例外なく火あぶりになった。一度この獄舎に入った女たちは、生きてここから出ることは不可能だと言われていたのである。 ポルオソが重い扉を開けた。 中には、地獄のような光景があった。 照明はなく、代わりにいくつも篝火が焚かれている。 篝火の炎が、壁に掛かった恐ろしい拷問道具の数々を照らし出している。 影絵のように動き回る獄吏たちは、地獄の獄卒そのものだった。 部屋の中央の天井から、後手に縛られた一人の少女が逆さ吊りにされている。ほっそりとした体つきから見て、年齢はまだ十幾つといったところだろう。 足枷を嵌められた足首から鎖が伸び、それが一旦天井の滑車をくぐって、壁伝いに下がり、大きな金属の把手(とって)に巻き取られる形になっている。 把手を右回りに回せば鎖が巻き取られ、逆に左回りに回せば鎖が伸びる構造になっているのだった。 「沈めろ」 鞭を手でしごきながら、泥鰌髭の、ひょろりと背の高い獄吏が言った。 ガラガラと鎖が不気味な音を立てると、少女の身体が下がってきた。その下には深い水桶が据えられており、たちまち少女の頭と肩が浸かる。更に鎖が伸ばされ、腰まで水桶に没した。 後手に縛られて鎖に吊り下げられた姿勢では、自分の意志で動かせる身体の部位などないと言ってよかったが、それでも少女が必死にもがいているのはわかる。 「よし、上げろ」 ザロフがポルオソの後ろから拷問部屋に足を踏み入れた時、ちょうど少女の身体が水を滴らせつつ巻き上げられたところだった。 「くっ……くはっ……」 少女は魚のように口を開け、必死に空気を吸おうとする。しかし、待ち構えていた獄吏が、それさえお前には贅沢だと言わんばかりに、少女に息をつく間さえ与えず鞭打つ。 ビシッ、 ビシッ、 ビシッ、 粗末な牢衣は激しい打擲(ちょうちゃく)によって、既にあちこち破れている。剥き出しになった肌には無数のミミズ腫れが走り、その上から更に容赦なく鞭を加えられ、血が噴き出していた。 「あぁ……」 既に喉が枯れているらしく、少女のひび割れた唇からは、蚊の鳴くような掠れ声が洩れるばかりだ。 「それで、こいつはクロなんですか」 憐みのカケラもない顔で、ザロフは少女の方へ顎をしゃくった。 太った獄吏が二重顎を撫でながら答える。 「わからん。ただ、〝黒の十字架(シュヴァルツェス・クロイツ)〟っていう黒魔術結社がミサをしているところに踏み込んで拘束したんだ。連中は、この小娘を妙に崇めていやがった」 「――ということは?」 「うむ。聖体の秘跡(エウカリスティア)ってやつと関わりがあるのかもしれん」 「よし。また沈めてやれ!」 泥鰌髭の獄吏が、壁際の、両手で把手を握っている獄吏に指示を出す。 ガラガラッと音を立てて鎖が伸び、再び少女の頭が水桶の中に浸かりかけた時―― 「ちょっと待て」 太った獄吏が手を上げて、大股に少女の方へ歩み寄った。ザロフもその後に続く。 鎖が止まった。逆さに吊られた少女の身体が振り子のように揺れる。 「そろそろお前の正体を教えちゃくれないかね?かわいいお嬢ちゃん」 獄吏はむんずと少女の髪を摑むと、無理やり自分の方へ少女の顔を向けさせた。 「ケホッ……ケホッ……」 全身傷だらけの少女は、弱々しく咳き込みながらも、何か言おうとしたようだった。しかし、唇が震えるばかりで声にならない。 「はあ?何が言いたい?」 獄吏は耳に手を当てて、少女の唇に近づけた。 「地には……民の怨嗟(えんさ)の声が……満ちておるのが……聞こえぬか……お前たちは……いずれ……裁きを……受けるのだ」 「ちぇっ」 獄吏は舌打ちすると、少女の髪を離し、その顔に、ペッと唾を吐きかけた。 「こいつ、何と言ったんで?」 獄吏の後ろに立っていたザロフが訊く。 「ダメだ、すっかり頭がおかしくなってやがる。こいつは本当の魔女か、それとも自分を魔女だと思い込んでる狂人のどっちかだな」 「じゃあ、もう打つ手なしってわけですか」 「魔女ってやつは命の瀬戸際になると、本来の力を発揮するものらしい。重い石を抱かせて水に沈めた魔女が、浮かび上がってきたって話もあるそうだぜ」 「じゃあ、浮かび上がってこなかったら、人間だったってことですかい?」 「そういうことになるな」 「でも、浮かんでこなかったら、やっぱり死ぬわけでしょう?」 「ご名答!」獄卒は愉快そうに笑う。「それに、たとえ石を抱いて浮かび上がってきたって、火あぶりの刑が待ってるだけだけどな!」 ザロフは、やれやれというように首をすくめてみせた。 「まあ、そんな顔するな。見てろ、俺に考えがある」 獄吏は傍らの篝火からまきの一本を引き抜いた。そしてニタニタ笑いながら、まきの炎で少女の顔を撫でるようにした。 「あぁっ……」 少女は必死に顔を背けようとするが、鎖が僅かに(きし)んだばかりだ。 「さあ、お前の本当の力を解き放ってみろ!」 獄吏はいきなり、燃え盛るまきの先を少女の胸に押しつけた。 ジュッという肉の焦げる音がした。獄吏はそのままグリグリと少女の胸を抉る。 「うっ……ううっ……うぎゃぁあああああ!」 通常の神経の持ち主なら耳を塞がずにはいられない少女の絶叫を、獄吏たちもザロフも、薄笑いを浮かべながら眺めている。拷問部屋の壁に映る彼らの影の方こそ、魔物たちの饗宴にしか見えなかった……。
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