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第3話:妃選び(1)
「このように、若き日のルトムント国王は〝竜鳴の剣〟を手に入れましたが、あえて魔法に頼ることなく、化学の力を信じ、近代兵器の開発を推進しました。スヤバード王国の現在の発展は、この時の国王の決断に負うところ大だと言えます」
王立研究所所長であるゼーレン・ノーヴァ博士は淡々と語る。講堂にいるのは、16歳から20歳の娘で、合計30人。皆熱心に、あるいはいかにも“熱心な顔”で、かなり退屈な「歴史学」の講義を受けている。彼女たちは全員、スヤバード王国の貴族の娘か、王国と同盟関係にある公国の公女たちだった。
ここに集められた30人が、今回ユージャー王子の妃候補として選ばれた娘たちなのである。
〈妃選び〉は学力、体力、王女としての適性などを総合的に判断して決められることになっていた。人数の比率は、スヤバード王国の貴族の娘が15人、公国からも15人の公女が集められている。同盟関係にあると言っても、公国は立場が弱く、実質的には属国と言ってよかった。
スヤバード王国の貴族の娘は、自己推薦での妃候補だったが、公国の公女は半ば強制的に集められていたことにも、その立場、扱いの差は歴然と表れていた。公国にとって、公女を〈妃選び〉に送り出すことは、一種の隷属の証しでもあったのである。
今、こうして講堂で講義を聞いている時も、スヤバード王国の貴族の娘たちがこれ見よがしに前の方に座を占め、公国の公女たちはなんとなく遠慮する形で後ろの方の席に座っている。
「私たちには常識のようなお話ですけれど、あの方たちはどうなのかしら?」
「さあ、鄙でのびのびお育ちになった方々のようにお見受けしますけれど、お勉強の方はどうなのでしょうね」
時々、後ろの方をちらちら見ては、聞えよがしにそんなことを言って、笑い合っている貴族の娘たちもいた。
ノーヴァ博士は高齢のため、少し耳が遠いのか、あるいは聞こえても聞こえぬふりをしているのか、淡々と自分の講義を続けるだけで、貴族の娘たちに注意を与えることはなかった。
それでも、ハンナがすごい眼で睨みつけると、貴族の娘たちは脅えたような顔を見合わせて、
「まあ、怖い!」
「野蛮な公国の方ですもの。関わり合いにならない方がよろしくてよ」
と、今度はこそこそと囁きかわしている。
「くそっ、あいつら……」
ハンナが立ち上がりそうになるので、ナターリヤは慌ててハンナの服の袖を引っ張った。
「やめておきなさいってば……。あんな人たち、相手にするだけ損よ」
昨晩、一緒にパンケーキを作ってから、すっかり意気投合したナターリヤとハンナの二人は、今も並んで座っているのだった。
「ほら、ジェジェットをご覧なさい。熱心に講義を聞いているじゃない?」
ナターリヤは、そっとハンナの耳元で囁いた。
「ジェジェットだって?どこ?」
「しっ!声が大きいわ」ナターリヤが、慌てて人差し指を口元に立てる。
ハンナは地声が大きい。自分では小さい声のつもりでも、かなりの声量なのだ。
(あそこよ)
ナターリヤが唇の動きと手振りで、ハンナに示す。
(ほんとだ!)
ハンナも唇の動きで答えた。
ナターリヤとハンナより二列後ろ、一番廊下側の席にジェジェットが座っていた。
昨日も被っていた、青色のつば広帽子が前後に揺れている。
(あ、あれ?)
ナターリヤは小首を傾げた。さっきはジェジェットが頷きながら熱心にノーヴァ博士の講義を聞いていると思ったのだが、それにしては帽子の動きがおかしい。
ハンナも眼を細めて、じっとジェジェットを観察していたが、やがてゆっくりナターリヤの方へ振り返った。
(あいつ、寝てない?)
(え、えーと……)
ナターリヤは指で頬をかきながら、視線を宙にさまよわせた。
※
大陸には、〝竜鳴の剣〟を手に入れた者は、この世界の王となるという伝説があった。
ただ、〝竜鳴の剣〟の行方が知れなくなってから、既に200年の時間が流れていると言われていた。
ルトムントの履歴には、三年の空白期間がある。その間、ルトムントは流浪の旅をしていた、とスヤバード王国の正史は記している。
ルトムントは第四王子で、元々王位継承とは無縁と思われていた人物であった。
三年後、流浪の旅からナスタに戻ってきたルトムントは、とんでもないニュースをもたらした。なんと200年行方がわからなかった〝竜鳴の剣〟を手に入れたと言うのである。
ただ、当初、その剣が本物だと信じる者は少なかった。そもそもナスタにいる人間の中で、〝竜鳴の剣〟を実際に眼にした者が一人もいなかったのだから無理はない。
ところが、王国でたった一人、自分は〝竜鳴の剣〟の真贋を鑑定できると名乗りを上げた人物がいた。
大魔法使いオルフェウスだった。古い魔法の書に、〝竜鳴の剣〟の真贋を見極める方法が記載されているが、その法を行えるのは自分のみであると主張したのである。
当時のスヤバード王国の国王であり、ルトムントの父親であったレオポルドは、オルフェウスを非常に重用していた。
ルトムントが持ってきた剣が果たして本物の〝竜鳴の剣〟であるか否か、その鑑定はオルフェウスに一任されたのである。
国中の者が固唾を呑んで見守る中、鑑定結果は公表された。
――ルトムント王子の持ち来たりし剣、〝竜鳴の剣〟の真物なりと断定す。
王位継承争いからとっくにおりたと思われていた第四王子が、一気に政の表舞台に踊り出た瞬間であった……
※
「あーあ、くさくさする……!貴族の娘なんて、性格の悪いやつばっかりだな!」
講義が終わって、講堂を出たところで、さっそくハンナが文句を言い始めた。
「そういう方ばかりではないと思うけれど……」
ナターリヤが微苦笑を頬に浮かべて、なだめるように言ったが、ハンナの機嫌はおさまりそうにない。
「あいつら、公国のことを一段下に見ていやがるが、もしボクたちがいなければ、スヤバード王国だって安泰じゃないんだぜ。異教徒が攻め込んできた時、最初に身を挺して彼らを阻止するのは、いつもボクたち公国の軍じゃないか」
「そうよね」
ナターリヤは、ハンナに知られないように、密かに下唇を噛んだ。苦いものが込み上げる。
10年前、スヤバード王国への忠誠心を見せようと功を焦った父アルファルトは、異教徒との戦に際し、自ら指揮を執った。
ところが、アルファルトは敵の陽動作戦にまんまと引っ掛かり、無理な深追いを兵に命じたために、クオニア公国軍は大敗北を喫した。それを幼かったナターリヤが予言してしまったことが、母ともどもアルファルトから疎んじられる原因となったのである。
「あのさ」ハンナが気分を変えるように言った。「これから町に繰り出さないか。まだナスタをよく見てないし……。ナターリヤだってそうだろ?」
「そうね」
本当は今日の講義のおさらいと明日の予習をするべきなのかもしれない。しかし……
「いいわ。行きましょう!」
ナターリヤは、そう答えていた。
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