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第3話:妃選び(5)
路地の奥には、小さな空地があった。
あたりには、すっかり夜の帳が下りていたが、幸い月がのぼったので、空地の様子はかなりはっきり見えた。
月は、満月に近い。
その光を浴びて、いくつかの黒い影がうごめいていた。
影たちは皆、頭巾のついたマントに身を包んでいる。
ナターリヤとハンナは物陰に身を潜めて、そっと空地の様子を見守った。
ザザッ、
ジャリ、
ザザッ、
ザッ……
影たちは、穴を掘っていた。
穴は既に1メートルほどの深さがありそうだ。
(ハンナ、見て)
ナターリヤが声を出さずに、手振りでハンナに伝える。
(うん、間違いない……)
ハンナも手振りと頷きでナターリヤに反応を示す。
影たちから、少し離れたところに、筵が敷かれ、そこに何かが横たえられている。その上からも、もう一枚の筵がかけられていた。筵のふくらみぐあいからは、人の形のように見える。
その傍らに、特徴のある帽子をかぶった、子供のように小さな人影があった。
――ジェジェットだった。
ジェジェットは、その筵の下にあるものを、じっと見つめているようだった。
「わたしに、この子の魂を送らせてくれぬか」
ジェジェットが低い声で言った。
「余計なことをするな!」
影の中から、声が洩れた。影たちは全員が同じマント姿なので、誰が発した言葉なのかはわからない。
ただ、それが女の声であり、血を吐くような切迫した響きを持っているのはわかった。
ジェジェットは、一種ビクッと身体を震わせた。
影たちは、また穴を掘る作業に戻った。
月光の下で、空地はまるで深い海の底のように見えた。
この時、ジェジェットが少し動いた。
穴を掘っている影たちからはよく見えないようだったが、ナターリヤとハンナの位置からは、ジェジェットが何か壺のような物を取り出したのが見えた。
ジェジェットは、壺を傾けて、中にあるものを自分の掌で受け止めると、すばやく筵の傍にしゃがんだ。
刹那――
「触るな!」
影の一人が鋭く叫ぶと、ジェジェットの方へ手を振った。
すると、いきなり一陣の突風がジェジェットを襲った。
「ハンナ、頭を下げて!」
ほぼ同時に、ナターリヤが立ち上がり、両手の掌を揃えて、前方に突き出していた。
空地の中心から、同心円を描くように、すさまじい風圧が広がった。
「きゃっ」ハンナは頭を抱えて、地面に伏した。その身体を風がもみくちゃにした。
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