第3話:妃選び(8)

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第3話:妃選び(8)

「敵?なぜそう断定されるのですか」ナターリヤが訊ねる。 「なぜ、だと?」影の女の声が怒りに震えていた。「ならば、これを見よ!」 女は筵のところへ歩み寄ると、上に掛かっていた方のそれをはぎ取った。 「な、なんだ、これは……!」ハンナがぎょっとしたように肩を震わせて、後ずさる。 ナターリヤは無言で剥がされた筵の傍らへ行き、そこに横たえられているものを見つめた。 「なんと無残なことを……」ナターリヤの眼に涙が溢れた。 そこにあったのは、少女の遺体だった。ボロボロに裂けた服にかろうじて包まれた、痩せた身体。 その身体は、服よりも損傷が激しかった。傷がついていない、きれいな皮膚を探すのが極めて困難なほどに……。 とりわけ無残なのは、薄い乳房の間に、抉られるように空いた〝穴〟だった。 少女は大きく眼を見開いていた。 まるで彼女をこんな目に遭わせた者たちの顔を決して忘れるまいとするかのように。 女は頭巾を取ると、少女の傍らに(ひざまず)いた。 「どんなに苦しかったであろう……痛かったであろう……かわいそうに……」 涙が皺だらけの顔を流れ落ち、それが月の光を浴びて白く輝く。 この時、ジェジェットが不思議な行動に出た。 少女の(むくろ)の傍らに跪き、両手を地に着けると、講堂でノーヴァ博士の講義を聞いている時でさえ取らなかった帽子を取り、深々と頭を下げたのである。 「スヤバード王国の妃選びなどにのこのこやってきたわたしの聖水など、そなたたちが欲しくないというのはよくわかる。でも、どうかこの少女に手向けさせてほしい。このいたましい身体には、まだ残留魂(ざんりゅうこん)がある。殺されてなお、魂が苦しんでいるのを見過ごしにはできぬのだ。この通りだ」 ピンクの髪が月光を吸って輝きながら、子供のように小さな肩を(かす)め、流れ落ちる。 「い、いったい……どういうことなんだ……妃選びに参加すると敵になるって……?」 ハンナが、ジェジェットと老女の間にせわしなく視線をさまよわせた。 ナターリヤは、じっと少女の骸を見つめていたが、やがて静かな声で言った。 「――わかりました。そういうことだったんですね」
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