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第3話:妃選び(11)
「ナターリヤが……魔女……まさか?!」ハンナが大きく眼を瞠る。
「わたしを救ってくれた風は、君が起こしたものだね」相変わらず感情のうかがえない声で、ジェジェットが言った。
ナターリヤは黙って頷く。
「君は、風使いなのか」
「わからないわ」
ナターリヤはザロフに襲われた時のことを語った。ザロフが自分の上にのしかかってきた瞬間、ナターリヤの眼に、自分がザロフに乱暴される、恐ろしい場面が〝視えた〟。そこで両手を前に伸ばし、ザロフを突き飛ばそうとしたところ、身体の中に熱い塊が生じ、掌から放射された。ただ、その後、全身が萎えたようになり、意識を失ったこと……。
「今君は、未来が〝視えた〟と言ったね?」
「わたしには、幼い頃から、危険予知能力のようなものがあるの。何か良くないことがわたしの周りで起こる時、わたしには、その結果があらかじめ〝視える〟の……。でも、風を起こしたことは一度もなかったわ」
「君には、元々〝風使い〟の力があったのだ。ただ、それは最近まで君の身体の奥深くで静かに眠っていた。ザロフという男に襲われたのがトリガーとなり、その潜在能力を発動させることになったのだろう」
「〝風使い〟の力……」ナターリヤがつぶやく。「だから、あの人は私に――」
「よかったら教えてくれないか。さっき、あの老女は君に何て言ったのだ?」
ジェジェットが、少女の骸を浄化した後、マント姿の魔女たちの一群は少女を空地に埋め、何処へともなく立ち去った。その去り際に、老女がナターリヤの耳元で、ナターリヤにだけ聞こえる声で何か囁いたのだった。
その時、ナターリヤは愕然としたように見えた。
それから、ナターリヤはずっと何か考えごとにふけっている様子だったのだ。
ジェジェットとハンナは、ナターリヤの答えを待つようにその顔を打ち守った。
「あの女は確かにこう言ったの」ナターリヤの声が微かに震えた。「――『お前は、なぜ〝そちら側〟にいるんだ?』って……」
ジェジェットが何か言いかけた時だった。
「誰だ!」ハンナが鋭い声を出したと思うと、次の瞬間、三人の斜め後方――10メートルほど離れた壁に、小石が当たったような音が響いた。
ハンナが素早く走って行った。そこには路地より更に細い道――いや、家の壁と壁の間の隙間のようなものが口を開けていた。
ハンナが闇の奥に眼を凝らし、首を傾げながら、落ちていた小石のようなものを拾い上げ、革のチョッキのポケットにしまう。
「おかしいな。確かに人の気配のようなものを感じたんだけど」
「ハンナ、今何を投げたの?」
「礫さ。ボクの故国リワース公国は山の中だ。山道で不意に敵に襲われた時なんかは、剣は回りの枝に引っかかって使い物にならない。こういう時には、礫が一番効果的なのさ。ボクの礫打ちの腕は、リワースでもちょっと知られたもんなんだぞ」得意そうに、ハンナは小鼻をうごめかす。
「こんなところに長居は無用だ。一刻もはやく城に戻るに如くはないようだ」ジェジェットが徐に腕組みをして言った。
※
三人の足音が路地の奥に消えて暫くした後、壁の陰から、するりと影が滑り出た。
「こいつは、面白くなってきたぜ……」
男はクツクツと笑った。月明りが、その左頬の傷を不気味に照らし出していた――
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