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ねぇねぇ
「ねぇねぇ。おかあさん。」
「なぁに?」
「今度の授業参観はこなくていいよ。」
「あら?どうして?」
健太は森の中の小さな家に住んでいる。
お母さんは健太を産むときに亡くなったと聞いた。
そのあとずっと育ててくれたお母さんのお父さん。
健太のお祖父さんはずっと森の中で狩りをして暮らしを立てていた。
お祖父さんはいつも無口だった。
健太のお母さんが死んだのが今でも悲しいのだ。
動物たちに子供が生まれる春から夏の間は猟をしてはいけない期間なので、その間は町の家に住んで、お祖父さんは、町のごみを収集する仕事について、健太も町の小学校へ行っていた。
健太が小学校2年生の頃に、町の家にいる時に目がきりっとした綺麗な女の人が来て、
「今日からこのおうちのお世話をします。今日子といいます。よろしくね。」
と、健太に挨拶をした。
お祖父さんの作るごはんはいつも同じで、白いご飯と具がたくさん入ったお味噌汁ばっかりだった。
それでも健太は美味しいと思っていたし、栄養もきちんと取れていた。
でも、今日子さんはその日の夕ご飯に綺麗なオムライスを作ってくれた。
テレビでしか見たことがなかったオムライス。
ケチャップで炒めたごはんには玉葱と鶏肉が入っていて、ふんわりと卵で包まれた黄色いお山の上にはケチャップでケンタ。と名前まで書いてある。
名前を崩すのは惜しかったけど、健太はそぉっと食べてみた。
「おいしい。」
「よかった。」
二人でそんな会話をしているとお祖父さんが帰ってきた。
「誰ですかな?」
「あれ?お祖父ちゃんがお願いしたんじゃないの?」
健太は知らない人を家にあげてしまったのかと、とても驚いた。
今日子は、お祖父さんを台所の方へと手招きして何やら話している。
「うう。。む。まぁ、良いだろう。」
お祖父さんも納得したみたいで、オムライスをおいしそうに食べた。
夏の日々はすぐに過ぎて、健太は自然に今日子さんの事をおかあさんと呼ぶようになっていた。
町の学校に入る時には何も問題は怒らなかった。
健太は初めてお小遣いを貯めて、母の日にカーネーションを送った。
授業参観には、いつもはお祖父さんが来るのに、今日子さんが来たので、健太は嬉しくてたまらなかった。
そして、夏の日々はあっという間に過ぎて、秋になり、健太はお祖父さんと今日子さんと一緒に山の家へ帰った。
山に帰ってからしばらくすると、健太は家の中が獣臭いことに気づいた。
『なんだろう?お祖父さんは摂った獲物は納屋に置くし。』
不思議に思っていたある日、健太は台所に立つ今日子さんのスカートの下から立派な狐の尻尾がのぞいているのを見てしまった。
『あれ?狐?今日子さんって狐が化けていたの?』
健太は、春からこれまでの間に、出会えなかったために知らなかった、母親を愛する心を、母親が子供を愛する気持ちを教えてもらっていた。
好きなことを伝えるのには難しい言葉じゃなくて、にっこり笑って『ありがとう。』って言えばいいのよ。と教えてくれたのも今日子だった。
参観日の日にはいつもよりお洒落をして、健太のお母さんは綺麗だな。と、クラスメイトを羨ましがらせたのも今日子だった。
きっと森に帰ってきたので、森の気がそうさせるのだろう。
今日子は次第に狐に戻っていく様子だった。
元々きりっとした目は細く吊り上がってきていたし、きっともう人間に化けているのも大変なんだろう。
健太は今日子さんの尻尾を見つけた夜にお祖父さんに聞いた。
「ねぇ、お祖父さん。今日子さんは本当は狐なの?なんで僕たちに良くしてくれたんだろう?
森に帰ってきてから、化けているのが大変そうで可哀そうなんだよ。」
「気付いてしまったか。そうだなぁ。森に来れば化ける力も弱まるなぁ。
今日子さんは、実は狐なんだ。町にいる間は上手に化けていたけれど、森に来ればやっぱり元の姿に戻ってしまうようだなぁ。
実はな、去年の冬に罠にかかっていたのを助けてやったんだ。
まだ若くて綺麗な狐でなぁ。来年子供を産むんだろうしなぁ。と思ってな。
猟師は森に生かされているから、生き物が絶えないように考えなければいけないからね。
そうしたら、町にいたときに、上手に人間に化けてうちに来たんだよ。
おまけに料理まで上手だった。
健太は儂の作るまずいご飯しか食べていなかったし、儂もつい甘えてしまった。
でも、そろそろ森に返して、パートナーを見つけ、次の春には自分の赤ん坊を産まないとな。
どうだ?そろそろお別れを言い出そうかな。」
「うん。僕、この夏にとても優しくしてもらったもの。まるでおかあさんが生きているみたいだった。
今日子さんはこれから本当のお母さんになるんだね。」
「お二人とも、そんなこと言わないで下さい。」
いつの間にか今日子さんが近くに来ていた。
「でもな、今日子さんや、健太もお前さんに無理をしてほしくない様だ。
キツネの尻尾や、耳が出ているお母さんを授業参観日にも呼べないしなぁ。
儂たちは良くても、もし、他の人間に見つかったら今日子さんが危ないからな。
せっかく罠から逃げられたのに、人間の世界に入り込んで儂と健太に随分良くしてくれた。
もう十分だよ。
キツネに戻って、パートナーを見つけて、自分の本当の子どもを産むんだよ。」
「今日子さんのおかげで、僕はもう寂しくないよ。おかあさんがいる気持ちも分かるようになったし、おかあさんに甘えたくなるクラスのみんなの気持ちも分かった。
美味しいご飯も沢山作ってもらった。
ねぇ、狐の今日子さんにできるんだったら、僕にだってできるはずさ。
本を読んで、お料理を覚えるよ。
まずはオムライスからね。」
「けんちゃん・・・」
今日子さんはハラハラと涙をこぼしながら気が付くと立派な毛皮を纏った狐の姿に戻っていた。
「帰り道は分かるかい?もう、罠にかかるんじゃないよ?」
『ケ~ン』
大きな声で一声鳴いて、今日子さんだった狐はふさふさした尻尾を揺らして森の奥へと帰って行った。
「ねぇ、お祖父さん。
僕は今日子さんに言ったことは嘘にしないんだ。
だから、お祖父さんがいる時でいいから、僕に台所の火を使わせてください。」
「よぉし。今度町に行った時に料理の本を買ってこよう。
オムライスの作り方が載ったやつをな。」
二人は、去年と同じ様に、二人きりで森の冬を過ごすけれど、お祖父さんの心も少しは明るくなり、二人は良くおしゃべりをするようになった。
今日子さんがいたときと同じように。
健太は料理を作れるように頑張った。
月日は経ち、健太のお祖父さんはもう猟には出られない程足腰が弱ってきていたので、ずっと町の家に住むようになっていた。
「ただいま。お祖父ちゃん。」
「こんにちは。」
健太だ。
寂しい子供時代を送っていた健太だったが、あの小学校二年生の何か月かの間、狐の今日子さんと暮らしたおかげで、他人を愛する気持ちや、愛してもらう喜びの心が育ち、恋人とも出会う事が出来た。
「今日はお祖父ちゃんの為にフルコースを作っちゃうよ。」
健太は今日子と出会ったその日から、楽しい料理、美味しい料理、心のこもった料理を最初は食べさせてもらった。
別れた後からは料理を作るのが趣味になり、中学校の間にコンテストに入賞して、留学の機会を得た。そして、中学を卒業してすぐに海外へ留学した。
今や、毎日行列のできるレストランのシェフだ。
でも、このレストランはフルコースを出すこともあるし、希望をすれば家庭で作るようなオムライスも作ってくれる。
お金持ちからはたくさんお金をもらってフルコースを作るし、普通のお料理が食べたい人には何でも作る。
フルコースを食べにくるお客さんと、簡単な単品のご飯を食べたいお客さんは、入り口は別だけれど、厨房や素材は一緒の物を使う。
子ども食堂にも足を運ぶ。
自分が今日子から教えてもらった人を愛する、愛される素敵な心を大きく育てて、家庭料理だって、楽しく食べるのが一番なので、心を込めた家庭料理を子ども食堂で提供する。
かつて家庭料理に餓えていたのだと、今ではわかる、自分の様な子供が一人でも減っていくといいな。と思いながら。
【了】
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