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十一月の二回目の土曜日。
何かの手違いで朝六時半に起きてしまった江波アスアは、あまりの寒さに炬燵の中へ緊急避難した。
少女は高校二年生である。
部活動は元々運動部だったが、センスがなく試合に出るわけでもないのでやめてしまった。
日曜日に課題を進めれば十分であることを考えると、一日丸々寝ていても悪くないのだ。
「こんなに早く目を覚ますとは。もう寒くなってきたな」
身体をできるだけ炬燵に入れると、顔だけ出してテレビをつけた。
ニュースを読むアナウンサーの声を聞きながら、液体のごとく脱力し、ふわふわの布団に包まれながらふにゅふにゅと眠りを貪る。
アスアは寒がりである。
寒くなったら冬眠することに決めていたのだ。
「アスア!」
男の声でアスアは目を覚ました。
寒い、寒い、とアスアは炬燵布団で隙間を埋めるように寄せていく。
「冬が来ちゃう、恐ろしい冬。寒い、寒い」
男はアスアのそばで正座をすると手を伸ばしてアスアの耳たぶに触れる。
「痛いっ」
恐ろしいほどに冷えた男の手は凶器そのもので、一瞬耳たぶを刃物が貫いたのではないかと錯覚するような冷たさだった。
「冬が来やがったあああああ!」
外からの来訪者は全身に寒気を纏っているようで、アスアからすれば冬の具現化みたいなものだった。冬の襲来にただただ怯える。
「幼馴染のトキくんが遊びに来たわよ」
母の言葉を聞いて、アスアはそんなにも眠っていたのかと驚いた。
三坂トキ、高校は異なるが同じ年齢の幼馴染である。
トキは土日のどちらかは部活動で、今週は土曜日が暇だった。
二人は中学までは同じ学校に通っていて、高校に入ってからは日程が合えば遊ぶことがまあまああった。
「ほう、来たかね。何をする? いいもの揃えているよ」
炬燵を出たアスアは寒くて全身が固まったようで、トボトボと身体を動かしていた。
テレビ台の下にある棚からゲーム機を出そうとすると、トキがアスアの手を取った。
「久しぶりに遊ぶわけだから今日は外へ行こう」
トキが言うと、母は嬉しそうに微笑み、
「いいわね! ほら、外に出てみなさい」
「もう寒いんだぞ、冬の足音がすぐ近くまで来ているんだぞッ!」
アスアは命の危機を感じて必死に抵抗をする。
冷え性だ、もし外に出てしまえば手足が凍ってしまうに違いない。
そのまま身動きができなくなって、石像みたいになって、街のシンボルとなり待ち合わせ場所にされてしまうのだ。
石像は『哀れな冷え性女』などと名付けられ、笑われながら時々写真投稿SNSにアップされ、でも誰一人評価せず、風で吹き飛ぶ砂粒のような扱いをされる。
「冬が迫っているということは、直近では今日が一番温かいはずだ」
「確かに一理あるな。まだ季節としては秋だし」
「ちなみに行く場所は決まっている。海だ。まだ冬じゃないから大丈夫!」
「まじか、うん。大丈夫じゃないだろ! 寒いって、ここは秋でも海となれば冬だろうがッ!」
「ん? まだ秋だよ」
「冬来るなよって怯えながら毎日過ごしているのに……」
アスアは涙目になる。
母は話しを聞いて、のん気に「海って素敵ね」と呟いている。
「冬、本当に嫌なんだよ。どうして、どうして。冬をこっちから迎えに行くなああああッ!!」
と抵抗したが。
母に裏切られた以上、連れ出されるのがアスアである。
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