1/1
前へ
/3ページ
次へ

 立冬、それは秋と冬の狭間である。  つまりはまだ冬ではないともいえる期間であり、秋らしい紅葉を僅かに残しつつも厳しい冬を想起させる時期であるのだが。  電車で海に行くことになった。 アスアとトキはシートに隣同士で座っていて、トキがシートの端でぐったりしている。  アスアは、自分が小柄でトキの背が高いため、もしかしたら二人は兄妹に見えてしまうのではないかと思った。  車窓に反射する自身を見るとより思う。 「海なんて絶対寒いし、冬を迎えに行くようなものだが?」 「アスア、スマホの準備はいいか? 美しい海を撮ろう!」 「嘘だろ……、私の話全然聞いていない」 「夏の海は混雑している。それに暑いと嫌だろ」 「ふーん。そこが寒いから嫌になっている状態の、私。海風って結構寒いイメージだし」 「今寒い?」 「寒いよ、冷え性だから。凍って電車の中から動けなくなっても知らないからな!」 「なら」  トキはバッグからひざ掛けとカーディガンと手袋を出した。  アスアは「なんだこいつ、準備がいいな」と思っていたが、寒いので甘えることにした。 「着いた」 「やだあ、冬が来やがった。いや、私たちが向かっていったのだが。うう、う」  電車を降りた途端、寒気がアスアを襲う。  歯をカチカチと鳴らし、手を鳥肌が立つ腕に添えて、耳たぶを赤くしながら進む。  一方で、トキは海を見つけて嬉しそうに笑った。 「昼ご飯にしよう」 「そうだね」 「手作り生パスタと、」  うん、いいじゃん。  トキにしては良さそうな店だなとアスアが期待していると。 「こだわりアイスクリームが美味しいらしい」 「はあ? 馬鹿か、こっちは寒いんだぞ。女の子に優しくしろよ!」 「ごめん、でも美味しいから」  トキはスマホでレストランまでの道を調べる。  徒歩二十分、そう言われてアスアは帰りたくなった。  が、お腹が鳴ってしまえばあきらめるしかない。 「今年ってそんなに寒い?」 「冬が来るってだけで寒さが倍増なんだよ」 「先週の方が寒かった気がする。朝とか、特に夜とか」 「部活入ってないからそんな寒い時間に外にいないぞ。私はドジだからな、スポーツやめたんだ」  無言のままトキはアスアの手を取る。 「何か言えよ、恥ずかしいだろうが。外から見たら恋人みたいだぞ」 「部活」 「部活?」 「そんなに寒がりアピールをする人じゃなかった。最近元気がなくて、だから気晴らしに海に行こうと思った。ここでも話せないこと?」 「寒すぎるだろうが、全く」 「ドジだろうけどさ、運動神経は良かったはずだろ」 「センスがないスポーツを選んでしまった」 「バレーだっけ?」 「うん。中学まではバスケだったからな。あの店じゃないか?」 「アスア、俺にも言えない?」 「はあ? 何を言っているんだよ。寒いし店に入るぞ」  アスアはボロネーゼ、トキはカルボナーラを頼んだ。  トキが勝手にキャラメルアイスクリームを二つ頼む。 「海、嫌いだった?」 「夏に見ればいいだろうが」 「写真撮りたくて。人が少ない方がいいなって」 「寒いだろ、海風」 「それでもこの景色には価値がある、この時間には意味がある。俺さ、トキのこと好きなんだよ」 「な、ななッ! 急に変なこと言うなよ」 「急じゃない、ずっと抱えていた感情だ。それに、真面目に言っている」 「はあ。告白か?」 「告白じゃない」 「からかっているのか? 私、そういうの嫌いだからな」  トキは俯いてしまう。  アスアは強く当たりすぎたのではないかと心配になった。  静寂が続く。  生パスタが運ばれてきて、アスアは「美味しそう!」と元気よく言ってみる。  トキはパスタの写真を撮ると、フォークで薄切りになったソーセージを刺した。 「支えたいんだけど、でも頼ってもらえない状況で。告白するのはまだだと思っている。でも好きなのは本当だ」 「そんなこと言われたら、私は今から異性として意識しちゃうからな!」 「ごめん」 「もう関係は戻らないからな! って謝るなよ、反応に困るだろうがッ!」 「俺、嫌われたのか?」 「そんなこと言っていない。意識するぞって言っただけだ。例えば、」  アスアは自分のボロネーゼを一口分トキの皿に移すと、トキの皿からカルボナーラをフォークに絡めて頬張った。 「こうやって、意識すると間接キスを回避することになるだろ? ソース濃厚すぎて美味いな」 「ごめん」 「だから謝るなって」 「そこ、ちょうど俺が手を付けたところだけど」  アスアの手が止まって。 「だったら言うなよ、馬鹿あああああ!」  アスアは恥ずかしくて叫ぶことにした。  アスアは顔を赤くしたままパスタを食べ進める。  むしろトキは平然と食べていて悔しかったため、ボロネーゼをトキの皿に乗せてやった。 「ありがとう。お腹いっぱいか?」  と追撃されたので、 「ボロネーゼが美味しくて頼まなかったトキが哀れでな。私が手を付けた後でいいなら上げようと思って」  どうだ!  そう思っていたのだが、「ありがとう」と一言言われて食べてしまった。  こんなにあっさりなら、あげたくなかった! とイライラしてしまう。  パスタを食べ終えてアイスクリームがやってきた。 「美味しい」 「秋に食べるアイスクリームもいいだろ?」 「ああ。美味しいな」  アスアはスプーンでアイスクリームを掬って口に入れると、寒さで一度身体が震えてしまう。その隙にアイスクリームの濃厚なキャラメル味が舌に溶けだして、飲み込むと一瞬感じた塩味が次の催促をしてくる。 「美味しいからって、アイスクリームの分際で」  アスアは手が止まらなくなる美味しさと引き換えに身体はどんどん冷えて、「してやられた感」が嫌だと思った。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加