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ちゃんと連れ戻してきてよ! と怖い顔をした先輩を思い出しながら足を早める。
屋上への階段を上るなんていまが初めてだし、そもそもうちの屋上が出入り自由なんてことすら知らなかった。あんなの漫画の中だけ許されてるもんだとばかり思っていたのに。
「ちょっと、先輩! ちゃんと立ち稽古に参加して下さいよ!」
屋上の扉を開けた瞬間、雲ひとつない青空が目の前に広がった。
その下にいるのは、我が演劇部のエース。舞台を下りても王子様、と校内中の女子を虜にする男だ。
「必要ないね。君だけでも行ってくれば?」
「そういうわけにはいかないんです!」
頬を膨らませると、先輩は背中を預けていたフェンスから体を離した。必然的に俺との距離が縮まる。
「そう。君はそんなに僕と二人きりになりたいんだね?」
……いま、なんと?(ワンモアプリーズ!)
「素直になりなよ、ほーら」
「って、ちょ! なにするんですか!」
思わず硬直していると、先輩が急に俺の体をぎゅっと抱きしめてきた。
ふわりと甘い香りが鼻を擽る。これは先輩の香水かシャンプーのにおいだろうか?
「ンン~? ハグというものだよ、これは」
「そんなこと聞いてるんじゃないんですけど!?」
屋上じゃなかったら注目の的になってしまうだろう。
俺は決してチビではない。しかし、190cmの長身を誇る先輩に抱きしめられてしまえばすっぽりと腕の中に収まってしまうわけで……。
「はーなーしーてーくださいっ!」
「いやだね」
「あんたはガキかっ!」
俺の暴言にもヘラヘラ笑っているこの人は俺が所属する演劇部の二つ年上の先輩で、よく主役を演じている花形の役者だ。
演技力は抜群にあるものの、しかしこの先輩は変人である。
王子様っぽく見えるからという理由で金に染められた髪は、うなじが隠れる長さ。しかも青のカラコンまで入れているとくるからもう病気だ。
受験を控える3年生だと言うのに全くそのスタイルを改めようとしない先輩に、教師も既に諦めモードらしい。
「今回は先輩たちの最後のステージなんですからね」
なんとか先輩の腕を振り払って正面から見据える。見上げる形になってしまうのはいつものことだ、気にしないでおこう。
「……今回の舞台、きみは照明だろう?」
「え? あぁ、はい。今回は3年生を中心にキャストを決めましたから」
いつもは脇役ながら役をもらっている俺だが、3年中心の配役になっている今回はさすがに選んでもらえなかった。
もちろん俺はそれに異論はない。力不足は実感しているし、3年生の演技を見れるラストチャンスだから。
「それじゃあ立ち稽古には参加しない」
「えっ!?」
ふいっと顔を背けた先輩は、そのままスタスタと屋上の出口に向かって行ってしまった。
今度はどこに行くつもりだ!? 体育館裏か、部室棟か!?
「先輩! 意味がわかりませんっ!」
「わからなくていいよー」
「なっ、それは遠回しに俺が馬鹿だと…!?」
「そこが可愛いんじゃない」
「はあぁー!?」
やっぱり先輩は変人だ。
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