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プロローグ
ふわふわと心地よい揺れを感じていたのに、突然止まってしまった。ギシッと何かが軋む音がする。
重い目を開けると、そこは薄暗い部屋のベッドの上だった。
「起こしてしまったか」
「え……」
上から覗き込むように、男性が低い声で話しかけてきた。
「ひゃっ……あ、あの?」
「ワインバーでボトルを頼んだのは覚えているか?」
「…………ハッ、はい! 覚えていま……あっ、隣にいた人?」
「そうだ」
「すみません、私……!」
慌てて起き上がると、頭がクラっとした。
どうしよう! 私、何やってるんだろう。
ここって、この人の部屋?
ああ……隣に居合わせただけの人なのに!
とりあえず、服は着ている。頭が少し痛くて妙に喉が渇いているけど、それ以外におかしなところはない。
そのことに安堵し、強ばっていた身体から力が抜けた。
「君がワインバーで寝てしまって、マスターが困っていたんだ。とりあえずタクシーに乗せたんだが起きなくてな」
「す、すみません……ゴホッ……」
「ここは俺の部屋だ。誰も邪魔しないからもう少し横になっておけ。俺は隣の部屋にいる」
「え……いや、でも」
男性はサイドテーブルの下にある小さな冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出し、私に渡してくれた。
「飲め。脱水になりかけてるはずだ」
「ありがとうございます……」
どうして喉がカラカラなのがわかったのだろう。親切な人だ。私はありがたくミネラルウォーターを一気に半分ほど飲み干した。
「……もう遅い。朝になったら送っていく」
「そんなご迷惑をおかけするようなことは――」
「俺も飲んでいるから今は運転はできない。
この時間にタクシーも捕まらないだろう。
……ああ、心配する人がいるのか?
それなら――」
「いえ。……いません。今日は……」
帰っても誰もいない家。突然自分自身がなんの価値もない空っぽになった気持ちになる。
今の私には寄り添ってくれる人はいない……。
「なら大人しくここで寝ろ。心配するな、何もしない」
そう言って、部屋を出ていこうとする男性の優しさに、思わず涙が込上げる。
「また泣くのか?」
また……?
「……映画館でずっと泣いてただろう?」
「あ…………知ってたんですね……」
今日の私は……いや、もう日付が変わっているか。
昨日からの私はどうかしている。
涙腺が崩壊して涙が止まらない。
男性は、再び溢れ出す涙を親指で拭ってくれた。
ボロボロの私に、この人は何故こんなにも親切にしてくれるのだろう。
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