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翌日、各科の教授の好み通りのスイーツを準備し、タクシーで病院に戻ったら既にお昼を少しまわっていた。
大急ぎで、会議室に一番近い給湯室の冷蔵庫に、買ってきたスイーツを入れる。
会議は午後3時から。ちょうどおやつ時というのがなんとも可笑しい。
一度医局に戻って、遅くなったお昼ご飯を済ませようと、研究棟の連絡口にたどり着いた時だった。
「……叶恋!? 叶恋じゃないのか?」
振り向くとそこに、陽介がいた。
「陽介さん……?」
どうしてこんなところにこの人が?
「叶恋がどうしてここに?」
「陽介さんこそ……」
「叶恋ちゃん、お知り合い?」
「あ、うん……前の、会社の人……」
「……そっか。じゃあ私、先に医局に戻ってるね。
2時にはスタンバイ始めないといけないから、なるべく早めに戻ってね」
ちょっと待って!
菜々ちゃんは気を利かせてくれたのだろうけど、私は陽介と話すことなんてないのに。
あっという間に行ってしまった菜々ちゃんの後姿を恨めしく思いながら、私は陽介に向きあった。
「……どうして陽介さんがここに?」
「10月から誠仁館医科大学の担当に替わったんだ。
今日はあいさつ回りに来ている」
なるほど。イシハラのMRとしてここの担当になったのか。
もう一生会うこともないだろうと思っていたのに、またこんな風にばったり会う機会ができてしまったのかと思うと憂鬱になる。
「その通行証……ここで働いているのか?」
「…………医局秘書をしているの」
隠しても仕方ない。今はデパートの帰りで白衣は来ていないけれど、首から下げている通行証で、大学スタッフだとわかるはずだから。
「医局秘書……。そうか、いい就職先が見つかって良かったな。親父さんはどうしているんだ?」
「退院して、仕事に復帰できているわ」
「そうか! 良かったな……」
「……ごめんなさい。私、急いでいるの。
さっきの聞いたでしょう?
今日はとても忙しくて……」
「叶恋、話があるんだ。1
0分、いや5分でいいから話ができないか?」
「私には話すことがないわ」
当然のことながら、別れてすぐに陽介のメッセージはブロックし、削除していた。
私に陽介と話すことは何もない。
「叶恋! 理沙のことは誤解なんだ。俺は――」
「痛っ! ちょっ……」
陽介が私の肩を掴んで距離を縮めてくる。
「……叶恋?」
研究棟の連絡口という、通行人の多い場所にいた私たちは目立っていたのだろう。
後ろから声をかけてくる人がいた。
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