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「あ゙ー! 疲れたー!」
「お疲れ様。無事に済んで良かったね。菜々ちゃん色々教えてくれてありがとうね」
「いえいえ。叶恋ちゃんもお疲れ様。
ケーキのこと、すごく助かったよ」
実はケーキを購入する際、サーブする時にミスするかもしれないと想定して、3個だけ無難なケーキを別箱に追加しておいたのだ。
ギリギリの個数というのは、不測の事態に対応しかねる。それは前職で何度も学んだことだった。
雨の日の貸出傘の本数。お客様にお渡しするタオルの枚数。全てに余裕を持たせなくてはならない。
今回は結果的にミスはなく、余分なケーキは必要なかったのだが、問題は他にあった。
「マズイ……お礼のお菓子、買ってない……」
と小声で言い出した菜々ちゃん。
お茶出しを手伝ってくださった消化器内科の教授秘書さんへのお礼を買い忘れたと言うのだ。
私も予めヘルプが入ることを確認しておけばよかったと、少し後悔した。
給湯室で初めて、他科からヘルプが来ることを知ったのだ。
追加で購入したケーキをお礼に回すためにも、サーブミスをしないよう気をつけたのは言うまでもない。
「さすがだよね!
やっぱり社会経験が豊富だと気配りが全然違うわ」
豊富ってほどでもないんだけど……。
きっと役に立てるほとんどのことは、失敗から学んだことだ。
「アハハ……それだけ過去にミスしてるんだよ。
備えあれば憂いなし。
お役に立ててよかったわ」
いつも若い菜々ちゃんに教えてもらうことばかりの私だ。たまにはお役に立ててよかったと思う。
それに菜々ちゃんも今回のことで学ぶことがあっただろう。
私たちは少し遅くなった郵便物の仕分けをしながら、お互いの労をねぎらった。
「ねぇ、それよりさっきのイシハラの人、大丈夫だったの?」
「あ……ごめんね、気を遣ってもらって」
「なんか、目がヤバかったからね、あの人。
獲物を見つけた的な目をしてた。
偶然汐宮先生が医局に居たから、つい言っちゃったの。血相抱えて飛び出して行ったわよ」
「ハハ……」
「で、どうだったの?」
私は元カレが10月から誠仁館医科大学の担当になったこと、向こうが浮気をして別れたのに、話があると言ってきたことを話した。
「それ……ストーカーになったりしない?
大丈夫なの?」
「それはないと思うけど。
だって副社長の娘と付き合ってるのよ?」
「ならいいけど……」
「今後も、また院内で会うこともあるかもしれないけど、無視するわ」
「そうだね。でもなるべく人目の多いところを通った方がいいね。まあ院内はどこも人の目があるから大丈夫だと思うけど」
「うん、そうする。心配かけてごめんね」
その時はまだ、院内で陽介を避けていればなにも問題はないと思っていた。
陽介の執着心を甘く見ていたのだ。
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