英雄を育てたジジイ

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「い、痛え!!誰だ!邪魔するやつは!」 気づくと、弥太郎は鬼の手から逃れていた。 鬼は、腕に大きなケガを負っている。 誰が助けてくれたんだろうか、そう思って弥太郎が当たりを見渡すと、目の前に真っ白な犬がいた。 口元は赤く濡れている。どうやらこの犬が、鬼の腕に噛みついたららしい。 「え?犬……」 弥太郎が戸惑っていると、後ろから鋭い声が聞こえてきた。 「今だ!攻撃の手を緩めるな!猿!キジ!」 声がしたと同時に、鬼に向かって鬼気迫る表情の猿と、素早く飛びまわるキジが、鬼に向かっていった。 犬、猿、キジはそれぞれ噛みついたり引っ掻いたり目をえぐり出したりと鬼に攻撃していく。 「やめろ!貴様ら!俺をなめるなよ!」 鬼もやられっぱなしではない。思いっきり犬の首根っこを掴んで投げ飛ばし、猿も張り倒し、キジもはたき落とした。 「ははは、畜生共め!小賢しい!」 鬼が高笑いしそうになった、その時だった。 弥太郎の横を、剣を構えた者が素早く通り過ぎていった。 …… 目の前で、長い剣が音もなく舞った。気づくと、あの巨大な鬼は真っ二つになっていた。 「よし」 たった今鬼を切った剣士が、そう一言言うと、投げ飛ばされた動物達に駆け寄っていた。 「大丈夫かい。うん、今回は強かったね、頑張ったな、皆。早くきびだんごを食べような」 弥太郎はさっきまで怖かったのだが、今は、震えるほど感動していた。そうだ、あの人は、間違いない! 「桃太郎!あなたは桃太郎さんですか!?」 御伽草子の中だけの伝説だと思っていた。 しかし今目の前には明らかにいる。 犬と猿とキジをお供にして、きびだんごを抱えて戦う、剣士!! 弥太郎の言葉に、その剣士は振り向いた。そして、小さく笑った。 「そうだよ。君も怪我はないかい?」 そう言って優しく弥太郎に近づいた、その時だった。 「弥太郎!弥太郎!!」 遠くの方から聴き慣れた大きな声がした。振り向くと、あのジジイが死にそうな顔でこちらに走ってくるのが見えた。 「ジイさん!」 「馬鹿か!暗くなる前に帰れと言ったろうが!」 「ごめん」 弥太郎は素直に謝る。ジジイは、真っ二つになっている鬼をチラリとみて、ため息をついた。 「鬼、見たんだな」 「うん」 「怖かったな。弥太郎のおっとおとおっかあも心配して探してるぞ。早く帰ろう」 ジジイは優しかった。弥太郎は泣きそうになった。 「おじいさん」 一部始終を見ていた桃太郎が、ジジイに話しかけた。 「この子、怖い想いをしてしまったと思います。私がもっと早く駆けつけるべきでした。申し訳ありません」 「いや、君は早く駆けつけてくれた。弥太郎を助けてくれてありがとう」 ジジイはしっかりとした口調で桃太郎にお礼を言った。 それを聞くと、桃太郎は丁寧にお辞儀をして、犬猿キジと共に去っていった。 弥太郎はふと、思い付いた。 ――もしかして……? 「ジイさん!ジイさんの育てた英雄って、桃太郎なのか!?」 弥太郎の問いに、ジジイは少し考え込み、そして笑って答えた。 「はあ?知らんよ」 何かを隠すかのようなこの表情に、弥太郎は自分の思い付きが正解なんだと確信した。 ※※※※ 「どうしてもこの身体では早く現場に到着できないのが悔しい」 ボロ家の中で、ジジイの手のひらの上で一寸法師がうめいていた。 「この辺に鬼が現れそうだとの易者の予言があったから父上をわざわざここに派遣させたのに。肝心の俺が遅いんじゃ意味がないな」 悔しそうに手のひらで転がる一寸法師に、ジジイは笑って言った。 「仕方あるまい、今お前はお姫様と結婚した公家の立場だ。現場に行くより色々政治的にやる事もあるのだろう」 「しかしなあ。危うく童っ子が食われるとこだったじゃないか。桃太郎がいてくれてよかったよ」 「あの人はずっと現場の人だからねえ」 のんびりと言うジジイに、一寸法師はため息をついた。 「ところで父上、隣の童っ子が言ったんだが、父上は英雄を育てたとか言い触らしてるらしいじゃないか。やめてくれよあれ」 「いいじゃないか。いつになっても息子の事は自慢したいもんなのさ」 ジジイは飄々と言う。弥太郎は息子が桃太郎だと誤解してしまったが、それを言うと一寸法師が不貞腐れそうだから黙っておこう。 ジジイは隣の家から聞こえてくる、元気な弥太郎達の声を聞きながら、一寸法師を優しくなでるのだった。 End
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