1人が本棚に入れています
本棚に追加
今日もまた、どこかの武士が手柄を上げた等と話を聞いた。
勝手に領地争いなんかして、そんな事する暇があったら畑の一つでも耕せばいいのに、といつも弥太郎は思っている。
そんな弥太郎の朝は早い。水汲みをし、おっかあのつくる朝ご飯までに弟達を着替えさせる。
おっとうは夜明けと共に畑に行ってしまっているので、朝の支度は弥太郎がしっかりしなくてはいけないのだ。
「おう弥太郎!今日も元気だなぁ!!」
弥太郎がえっちらほっちら水汲みをしている横で、隣のジジイがバカみたいに大きな声で話しかけてきた。
このジジイは、数ヶ月前に突然弥太郎の隣のボロ空き家に住み着いた人で、何をしていた人なのか、なぜここにいるのかは誰も知らなかった。
弥太郎はこのジジイが好きではなかった。声はデカいし何をしているのが不気味だし、すっげぇヨボヨボだし。
弥太郎はジジイを無視するように急いで家の中へ入っていった。
「兄ちゃん、またあのジジイに話しかけられてたね」
一つ下の小次郎が、茶化すように言ったので、弥太郎はため息をついた。
「別に。ただウザいだけ」
「あんまり邪魔者にしない方がいいよ。あのジジイ、よく自慢してるし。『ワシは英雄を育てたことがあるからな』ってさ」
「ふうん」
弥太郎は小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。そんな弥太郎を無視して小次郎は続けた。
「だからさ、どっかで名を挙げた武士とかの師匠とかじゃない?って思ってさ、俺後ろから攻撃してみたんだよ」
「何してんだよ。あんなヨボヨボジジイに」
弥太郎は小次郎を叱る。
でも少しだけその続きが気になった。
「……で?その、攻撃、あのジジイ避けれたのか?」
「全然!思いっきり叩いちゃって、おっかあに現場見られてたから後で思いっきり怒られた」
小次郎はぺろっと舌を出してみせる。
弥太郎は拍子抜けして笑った。
「そりゃそうだろ。あのジジイもう多分ボケてるからな。妄想と現実がごっちゃになってんだろ」
「お兄ちゃんもひどい言い方するなぁ」
小次郎は呆れたように言った。
弥太郎は朝のおっかあの手伝いを終えると、今度は畑へおっとおの手伝いへ向かう。
途中でまた、あのジジイに会った。
「弥太郎、畑に行くのか?そろそろ日が落ちる時間が早いでな、あんまり無理しすぎるなよー。暗くなったら鬼が出るでな」
鬼って。そんなの御伽草子の中の話だろ。弥太郎は鼻で笑う。もう鬼なんかで驚かされる年ではない。大人達はよく、「昔はこの辺にも鬼がいたんだぞ」と脅しているが、そんなの子供だましだ、と弥太郎は馬鹿にしている。
「鬼なんかいないだろ。俺はもう子供じゃないんだぞ」
弥太郎はジジイにそう言って笑ってみせた。
しかしジジイは真剣な顔だった。
「鬼はいる。俺の育てた奴は、鬼と戦ったことがある」
「へえ、ジイさんが育てたっていう英雄?」
弥太郎は半笑いだ。育てた奴が鬼の戦ったなんて、それこそ妄想くさい。しかしジジイは真剣な顔を崩さない。
「そうだ。あの子は守るものの為に必死で鬼と戦ったんだ」
「ふうん。ジイさんが剣術とか教えたの?」
「教えていない。ただただ、愛情いっぱい、大きくなれよとたくさん食べさせて育てただけだ」
「ふん」
話をするたびにどんどん妄想くさくなるのに、弥太郎は逆に哀れみを覚えてきた。このジジイはずっと一人だったんじゃないか。だから、こんな妄想をするようになったんじゃないか。
そう思ったら、あまり邪険にするのも可哀想に思えてきた。
「わかったよ。あまり遅くならないようにするよ」
とりあえず、ジジイの言うとこにはウンウンと頷いとくことくらいはしてやろう。弥太郎はそう思った。
最初のコメントを投稿しよう!