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想像できる人
*
あいにくの曇天。だが、雲が毛布の役割を果たしているからか、それほど冷え込んでいるわけではない。撮影ではないので、むしろ暖かいのは好都合だ。
島の海の玄関口である港。そこで俺は友達の来訪を待っていた。
ショータこと松井祥太とは、長期入院をしていた時に知り合った。現在中学三年生のショータとは約二十歳の差があるが、不思議と気が合った。交通事故で車椅子生活になった俺と、病気によって片足が義足になったショータは、互いに軽口をたたき合ったり励まし合ったりしていた。
俺は、ジェノバラインと呼ばれる高速船で島に近づいてくるショータの姿を想像する。出会った時は乳歯の抜けた口元をさらしていたショータだが、今は声変わりもしているのだろうか。
──だけど、病気が無事に寛解してよかった……。
詳しい話を聞いたことがないので推測にとどまるが、ショータの病気は深刻だったはずだ。そんなショータが将来の夢を確実にするために島に来るのだ。
俺がリハビリで理学療法士に世話になったように、ショータも理学療法士に世話になった。だからショータも同じように理学療法士になりたいと考え、入学後から専門的な知識を学べる私立高校を進学先に見据えた。
だが、こんなにも早く将来を決めてしまってもいいのか。そんな思いにとらわれたショータは俺のブログでゲンキくんの存在を知り、ぜひ会ってみたいとコンタクトを取ってきた。
俺も中学生の頃からカメラマンになりたいと願い続け、このたび風景写真家としての活動もかなった。だから早くから将来を見据えるショータの気持ちはよくわかる。だが、迷う気持ちもわかる。
ショータも、気持ちはほぼ固まっているのだろう。ゲンキくんに会うことによってそれをより強固にしたいだけなのだ。実際、訪問を喜んだゲンキくんからリハビリ指導の様子を見学してはどうかとの申し出をショータに伝えたところ、とても喜んでいたのだから。
──だからといって、まだまだ早朝だよ……。
まだ七時台だ。クリニックの診療開始時刻からみっちり見学したいというショータの希望で、この時間の迎えとなった。
やがて近づいてきた高速船が着岸する。ショータの外見が成長とともに変わっていたとしても、彼が俺を見つけるだろう。というか、港で待っているのは俺しかいないから、すぐにわかるはず。
──あっ、ショータ。
あの頃は治療の影響で抜けた頭髪を保護するためにかぶっていたニット帽が今はなくて、豊かな髪が頭部を覆っているのに。あの頃は慣れない義足で引きずっていた足を、今は引きずっていないのに。
あの頃のままの屈託のない笑顔で近づいてきたからだろうか。それとも、想像していたほど背丈が伸びていないからだろうか。多くの人が高速船から下りてくる中、ショータはショータのままで俺に近づいてきた。
思春期特有の恥じらいや反抗心もあるのだろう。俺の正面に立ったのに何やらもじもじしているショータに、俺は声をかけた。
「よく来たな。悪いけど、ショータは後部座席な」
すると、ショータがかすかににやりとした。
これは、かつてショータを遊園地に連れて行った時と同じ会話だ。あの時もショータを車に乗せたが、最初助手席のドアを開けた彼に俺はそう言ったのだ。
その一言で、ショータの恥じらいやその他の感情もほどけたのだろう。
「はい。ちゃんと、覚えてます」
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