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車が発進する頃には、ショータはかつてのショータに戻っていた。まだ声変わりを迎えておらず、甲高い声のままショータは車窓を眺めて海だ山だと感心している。
「島に来るのは初めて?」
「はい、ひとりで船に乗るのも初めてでした」
「そっか。酔わなかったか?」
「大丈夫です。ずっと甲板にいたから」
「そりゃあよかった。だけど、あのショータが高校受験だなんてな。信じられんわ」
冗談交じりに言うと、少し沈黙があった。
「……それって、よく言われます。言われるたびに、みんな僕がここまで生きているとは思ってなかったんだなぁって凹みます。でも、真也さんは違いますよね」
「うん、もちろん。あの生意気なショータが大人への階段を登りやがってって、俺も歳取ったんだなぁって凹むわ」
本当は、病気が寛解して会いに来てくれた姿を見て、嬉しくて泣きそうだった。泣いてしまうと運転に支障が出るので、天邪鬼を装った。
「やっぱ真也さんは真也さんのままだった」
心からほっとしたように言ったショータは、ようやくリラックスしたように思えた。
「俺の心はもう成長しないからな。だけど、ゲンキくんのおかげで、カメラマンとしては成長できた。だから、きっとショータも将来を確実にする経験を得られると思う」
「はい。そのへんを楽しみにして、島に来ました」
「うん」
「それもあるんですけど、一番楽しみなのは真也さんの手料理です!」
確かに俺はショータに手料理をふるまうと言った。だが、そこまで期待されると怖気づいてしまう。
「うーん。ショータの口に合うかわかんないよ……」
「でも、ブログで美味しそうなの見たし。それにやっぱ、車椅子で料理作るの、すごいって思うし」
「それは慣れと工夫だよ。ショータだって、今は全然足を引きずってないじゃん。リハビリすごいつらかったと思うけど、すごい頑張ったんだってわかるよ」
義足については詳しくない。だが、切断したところに義足を装着することやそれをうまく動かせるようになるためのリハビリは、本当に過酷だっただろうという想像はできる。それに、ショータの場合は身体の成長とともに何度か義足を作り替えてきたはずだ。そのたびに違和感を覚え続けていたに違いない。
「やっぱ、真也さんはすごいや……。僕の気持ち、全部わかってくれる」
「全部はわかんないよ。だけど、想像できるようになったのは、この身体になってからだよ。そして、ゲンキくんも想像できる人」
「想像、できる人……?」
「うん。ゲンキくんもちゃんと人の弱さや痛みを知っていて、いろんなことを想像できる。だから俺は、風景写真家になれた」
人生経験の少ない中学生にとっては難しいかもしれない。黙って考えているショータをバックミラーでちらちら伺いながら、俺は国道沿いを走る。
やがて、ショータがぽつりとつぶやいた。
「早くゲンキ先生に会って話がしてみたい……」
俺は冗談交じりに返した。
「あれ? 俺の手料理は?」
「両方楽しみなんですって!」
後部座席で頬をふくらませているショータを想像すると、何だか俺までおかしくなってきた。
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