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そう話していたのは夕方。
今は日もすっかり沈み、辺りは暗くなって久木野邸の眷属たちが活発に動き出し始めた。眷属たちは旦那様である清の夕食ならぬ朝食を作るため忙しなく働いていた。
その中に突如、清の息子である利津が白いワイシャツと黒いズボンで現れた。
「うぇ!?り、利津様!何故こちらに……」
「ひっ!お食事ですか?……おい!利津様のお食事の準備を」
厨房にいるはずのない利津の姿を捉えた眷属が1人騒げば2人騒ぎ、4人騒ぎと水面の波のように驚きと焦りが波及していく。
眷属たちの反応がおそらく正しい。利津と対峙することにすっかり慣れた世那はそのことを忘れていた。
「……」
利津が僅かに口を開いた。側にいた世那でさえ気づかない小さな変化にも関わらず慌てていた眷属たちは動きを止めて一斉に利津を見た。
「いらぬ世話だ。いつも通りの業務をこなせ」
何人かに伝えるには小さいくらいの声量で利津は呟いた。息すら止まってしまったのかと思うほどシンとした静寂が広がる。
「は!」
近くにいた眷属の1人が背筋を伸ばして一音だけの返事をした。するとそれまた同じように伝達していき、数秒もなく皆が元の仕事に戻って行った。
利津は眷属たちから視線を世那に向けると眉尻を下げ、ふふっと小さく笑った。
「さっさと作って部屋に戻るぞ」
そう言うと利津はワイシャツの袖のボタンを外し、袖を丁寧にめくりながら厨房の中へ入って行った。眷属たちは言われた通りいつもの業務に徹しようとするが目でつい利津を追ってしまう。羨望と恐怖、言葉では表せない異様な視線の中を世那は身を小さくして利津について行った。
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