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「義隆が、見合い……?」 「らしいぜ?兄貴がそんなこと言ってた」 構内にある食堂で龍太から出た話題に、瑞姫の箸が止まった。 「鷲平兄さんが……」 白田鷲平とは龍太の兄で、義隆とは同級生にあたり、付き合いも深い。瑞姫にとっても従兄弟というだけでなく、小さな頃から世話になった人物だーー悪戯を繰り返す龍太の巻き添えになって怒られもしたがーー。 ーー見合い、義隆が……。 頭の中で、もう一度同じことを繰り返す。 最近、義隆本人とは顔をよく合わせるというのに、そんな話は露ほども聞いた覚えが瑞姫にはない。結局その程度の関係か、と思うと苦笑が漏れる。 けれど、驚きはしたものの、瑞姫にショックはそこまでなかった。瑞姫はそんな自分の気持ちの変化に、少し驚く。何せ相手は長年恋心を抱いていた人物だ。下手すれば何日かは寝込むかもしれないと考えていたのだが、自分へと先に告げなかったことに対しては少し腹を立ててはいるものの、思っていたほどのショックは、現在、ない。それは予め予測していた、ということもあるが、何よりも央亮の存在が大きいようにも思えた。 ーーこれは、央亮に感謝かな……。 央亮にこのことを話したならば『俺を選んで正解がよね?』と笑ってくれそうだ。瑞姫はそんな央亮の姿を思い浮かべた後に、息を一つ吐き出して、皿の上にある手をつけてないメンチカツを箸で摘んで龍太の皿へと放り込んだ。 「え、くれんの?サンキュ♪」 「情報のお代だよ。義隆の結婚が決まったら、何かお祝いを選ばないとね。その時は、付き合ってくれよ。従兄弟殿」 「別にいいけど。あいつが欲しそうなもんって……辞書とかノートとか……電卓……?」 「なんだ、それは?学生じゃないんだから」 龍太の言葉に思わず笑いが漏れる。さて、と言いながら瑞姫は立ち上がった。 「そろそろ俺は行くよ。授業前にちょっと図書館に寄りたいんだ」 「わあった。な、な、今日の授業後は暇?オレ、買い物行きたい。今度合コンあるんだよ……!」 「ああ、服か?今日なら……そうだね、大丈夫かな。お前、放っておくとおかしなセンスだものね……」 「うっせぇ!じゃ、授業後に正門で待ってっから!」 はいはい、と龍太へと返事をしてから自分のトレーを持って歩き出す。 ーー見合い、か。 瑞姫はもう一度頭の中で繰り返した。あの堅物がどんな顔してそんな席にいくのだろうか。そう思うと、今度は可笑しかった。今度顔を見せたら揶揄ってやるか……いや、その前に説教か?と瑞姫はそんなことを思いつつ、トレーを返却口へと下げた。 ※ 最近の義隆はとにかくため息が多かった。 それは他でもない、幼い頃から仕えてきた白田瑞姫のことだ。先日、偶然にも義隆は見てしまったのである。瑞姫がーー男と、キスをしている場面を。 ーー誰だ、あの男……。 ーー何故、あんなことを……。 ーーどうして、瑞姫さんは俺に話してくれない? ここ数日間、ずっとそんなことばかりを考えていた。苛立ちとも困惑ともつかない感情が消えることなく渦巻いている。 仕事はなんとか支障なくこなしてはいるものの、瑞姫の顔を見るのはなんだか気が引けて、訪ねようにも足が向かず、顔を見せていない。 はぁ、と義隆がまた大きなため息を吐くと、 「大きなため息だね、義くん」 画面の向こうから心配そうな声が響いた。 現在、義隆はテゾーロと呼ばれる従兄弟とビデオ通話中だった。 年上の従兄弟は幼い頃から何かと義隆を気遣ってくれていて、兄弟そのものかそれ以上の付き合いで、月に数回はこうして直接話したり、メッセージなどでもまめにやり取りをしている。それは互いの近況報告だったり雑談だったりと様々だ。そして敬愛を込めて、兄さん、と呼称していた。 「何か悩みでも?」 そう問われて、義隆は少し考える。 親の事情で海外に居住しているが、もともとはこの従兄弟も白田家に出入りする人間ではあって、それこそ瑞姫のことも知っている。口が軽い人間でないことも義隆は分かっているし、それならば相談しても良いかと判断して口を開いた。 「少し……瑞姫さんのことで」 「瑞姫さん?ふふ、懐かしいね。お元気かな?」 「体調面ではお元気でいらっしゃる」 「その言い方だと、精神面ではお元気でないような言い方だね」 ふむ、と相手が首を傾げる。義隆もまた言い淀んだが、一つ息を吐いて従兄弟へと視線を向けた。 「元はと言うと鴇哉さんから瑞姫さんに悩みがあるらしいとお聞きして、お世話をするように拝命したんだが……」 「なるほど」 「その、兄さんも知っているように瑞姫さんは少し頑ななところもあるだろう?」 「ああ、まあ……僕が知っているのはお小さい頃だから……」 「そこは相変わらずでな。それで……その、悩みをいつまでも聞けずにいたのだが……その、ううん……」 「何か話しにくいことかい?」 「いや、なんというか……そう、兄さんは同性同士の恋愛には偏見があるだろうか……?」 義隆の質問に従兄弟は、うん?ともう一度首を傾げたが、いいや、と続けた。 「こちらは同性婚こそまだできないけれど、パートナーシップなどの制度はあるからね。日本よりも寛容ではあるし、街中でも見かけることはあるよ。僕自身も特に偏見はないかな。……と言う話題が出るところを見ると、瑞姫さんがそうだった、となるのかな?」 従兄弟の言葉に義隆は頷いた。一緒に歩いているくらいならば絶対にそうとは言い切れないが、キスをしているとなればやはり違うだろう。しかも……口に、だ。相手の顔は暗がりということもあって見えなかったが、姿形で男と判断できた。 「その……男と、口付けをしているところを見てしまって……」 「おや……それはなんとも、反応に困るものだね」 「そう、そうなんだ。それでその、それが悩みであれば……俺に言って欲しかったというか……信頼関係があると思っていたからショックというか……」 義隆の悩みは自身の中で渦巻いていて、整理がなかなかついていない。なのでどうしてもまごついてしまう。そんな自分にため息しか出なかったが、従兄弟はそれを馬鹿にするわけでもなく、ふむ、とまた首を傾げた。 「そうだね。でも性的なことは言いにくいものだよ。信頼関係があればこそ、軽蔑はされたくないものだし。瑞姫さんが同性愛についておおっぴらに言わないとなると、気にはしているのだと思うからね。それよりも、今後が大事だと思うよ」 「今後……」 「そう。義くん自体はどうなんだい?男性と口付けている瑞姫さんを見て気持ち悪かったりしたのかな?」 「まさか!俺は変わらず瑞姫さんをお慕いしている!」 咄嗟に義隆は声を上げていた。従兄弟は驚いたように目を見張ったが、すぐに笑顔になった。 「ふふ、お慕いしている、か。その言い方だと義くんが瑞姫さんに恋をしているみたいだね」 「はっ……⁈」 予想だにしていなかった従兄弟の反応に義隆は瞬きを繰り返す。確かに、思わず『お慕いしている』とは言った。けれど、まさか。 「いや,俺はそういう意味ではなく……」 「そうかい?」 「いや、確かに大事な方ではあるが……」 「そうだね。僕らの出自を考えれば白田家の方は全員大事な方だね。けれど、義くんの悩み方だとそれ以上の気持ちに僕は聞こえるよ」 「いやいやいや……」 「ふふ。僕は応援するけれどね、義くんと瑞姫さんを。昔を辿れば白田家から僕たちの家に嫁入りだってあったのだし、逆も然りだよ。家臣筋といえどもそう気にしなくてもいいことだし、何より二人はお似合いだと思うよ」 従兄弟が言うことに義隆は心中で焦っていた。まさか、を繰り返しつつも、男なら俺も良いのでは?という気持ちがジワリと浮かび上がり、慌ててそれは不敬だと潰す。しかし従兄弟が続けて話したことが、それならばやはり俺でも、と思いが出てきていた。 いやしかし、と考える。自分が瑞姫を恋愛相手として見ているということをいまいち義隆は認められなかった。それに瑞姫が自分を好きだと言う話でもない。幼い頃からそばにいたので嫌われていることはないとは思うものの……自身に男性同士と言う枠に偏見はないものの、ぐるぐると思考が定まらなかった。 「い、いや……兄さん、あまり撹乱しないでくれ……」 「はは!ごめんごめん。義くんが可愛くてつい」 気さくな従兄弟はそうやって笑い飛ばした。 「まあ、どう転がってもやり直しはきくのだし。後悔しないように動けばいいと思うよ。さっきも言ったけど、僕は義くんの味方だからね」 にっこりと従兄弟が笑う。その顔になんとなく安堵を覚えつつ、その後はたわいもない話をして通話は終了した。 「俺が、好き……?瑞姫さんを……?」 ぼそりと、義隆は天井に向かって呟いた。
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