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15
央亮を見送ってから、リビングのソファに座り、瑞姫はスマホへと耳を当てていた。
「もしもし、兄さん?」
「瑞姫?今、どこだい?さっきから龍巳が騒いでいてね」
「ああ……」
通話の相手は鴇哉だ。
瑞姫は兄からの言葉にため息を一つ落とす。龍巳とは瑞姫の兄で、白田家の三男坊である。
この三男と家長である長男の鷲一、そしてすぐ上の片割れは、とにかく瑞姫にかまいたがる。歳の離れたーー下手すれば実子でもおかしくない兄らもいるのだからーー弟が可愛くて仕方ないのだ。そんな兄達であるから、家を飛び出したのが見つかるのは時間の問題とは思ってはいたが、次の朝とは……時間にすれば10時間も経っていない。
「ごめんなさい。ちょっと急に友人の家に来る用事が出来て……もう夜も遅かったから、昨日は連絡をしなかったんだ。あの、義隆は……兄さんのところに行かなかった?」
「義隆?まだ来てないかな。どうしたんだい?」
「ああ、いや。昨夜、俺のところに挨拶に来ていたから……そっちにも行ったかと思っただけだよ。あ、それでね、このまま少しの間、友人の家に居たいんだけど……」
もしかしたら義隆が兄のところに、と思って聞いたものの、それはなかったようだ。瑞姫は少し安堵して息を吐く。深く聞きすぎるのは藪蛇にもなりかねないので、話題を変えた。電話の向こうの兄は、えぇ、とやや声を下げている。
「大学にもちゃんと行くから。たまには友人とも過ごしてみたいな、って。ほら、兄さんにも染谷さんみたいな親友がいるでしょう?俺も、ああいう関係に憧れていたんだよ。……駄目、かな?」
兄に嘘をつくのは気が引ける部分もあるが、かといって自宅にいれば、必ず義隆はやってくる。それも恐らく土下座をしに。そういう男だ。それに加えて、気の迷いではなく自分を好きというならば……アプローチだってかけてくるだろう。長年一緒にいた真っ直ぐすぎる男の行動なんて、想像に易い。瑞姫にとって今回の逃亡は、それらを避けるため、そして、央亮に不義理なことをしないためだ。
鴇哉は、うーん、と唸りながら少し考える。その後ろでは、どうやら三番目の兄が騒いでいるらしく、声が聞こえた。時間を置いてから、鴇哉は、わかった、と言った。
「ありがとう、兄さん」
「まあ……瑞姫ももう成人しているしね……。ああ、でも必ず一日一回は電話をよこすこと。メッセージとかじゃなく、ちゃんと瑞姫の声を聞かせてもらわなきゃ、俺も安心できない」
「……過保護だよ」
「仕方ないだろう?皆、瑞姫のことが可愛いんだよ。それに父さんと母さんの手前もあるんだよ?俺たちの役目はちゃんと瑞姫を安全に育てることなんだから。そうでないと、こちらに連れて来い、と父さんが騒ぐ。約束できる?」
今は海外で悠々自適に隠居生活を送っている瑞姫の両親だが、父親の武蔵は愛妻の蝶子に瓜二つの瑞姫のことを、兄達同様に溺愛している。
動画をよこせ、写真をよこせ、と常々兄の誰かに言ってくるのだ。そのくせ、照れ臭いのか瑞姫自身にはほとんど連絡もして来ない。
逆に蝶子は超がつくほどに穏やかな人物で、男の子なのだから好きにさせなさいな、と武蔵をはじめ煩い兄らを宥めてくれたりもしていた。はあ、と幾度めかの溜息を瑞姫は吐く。
「わかった。ちゃんと一日一回、兄さんに連絡するよ。時間は……気にしないでもいい?」
「いいよ。瑞姫の好きな時間で。取れなかった時は折り返すから、ちゃんと声を聞かせるんだよ?わかったね?そのかわり、こちらは諫めておくから」
「ん、わかった。ありがとう、兄さん。また、連絡するよ」
「気をつけて過ごすんだよ」
じゃあ、と告げて瑞姫は通話を切った。
過保護な一家にはたまに疲れてしまう。それでも深いところは詮索しない兄には感謝だ。一番上と三番め二直ぐ上の片割れを諌めるには大変だろうな、と想像しながら、ソファへと沈み込んだ。
少し気怠くて、瑞姫は目を閉じる。昨夜の央亮は、随分と激しかった。これもこのせいか、と重ねてつけられたキスマークの残る首筋を手で覆う。
「…………馬鹿な、お付きだな…………」
そう零して、瑞姫はまた、溜息をついた。
※
「おーい、姫」
昨日は大学を休み、日が明けて、瑞姫は鴇哉や央亮との約束通り、登校していた。最後の時間はたまたま休講であった為、図書館へと寄った帰りである。その姿を見つけて、龍太は名前を呼ぶ。瑞姫がそれに気付き、やあ、と手を軽く上げた。
「お前、すっごいことしたなぁ……もうてんやわんやだぞ、家」
近くにくるなり溜息を吐いた龍太に、瑞姫もまた息を吐く。
「鴇哉兄さんがちゃんとしてくれているだろう?」
「まあ、そこはな。でもさぁ、お前がいなかったら、オレがターゲットになるんだよ!!ほんっと、早く帰ってきて……!」
瑞姫がいない分、一番上の兄と三番目の兄の関心は専ら龍太に注がれているらしい。年齢が一緒なぶん、目が行きやすいのだろう。龍太は少々疲れたような表情をしている。瑞姫は、はは、と笑った。
「たまにはいいだろう?今のうちに好きなものを強請るといいよ。今なら秒で買ってくれるさ」
「え……マジか……いや、でもなぁ……えぇ……」
「ちょーっと兄さん達のわがままに付き合えばいいだけだよ」
頑張りたまえ、と瑞姫は龍太の肩を叩いた。龍太は、えぇ、と唸っている。それが少し面白くて、瑞姫が笑うと、
「まあ、うん……ちょっと言ってみようかな……つか、なんか、こう……お前、イメージが違うな?いつもとさ」
そう答えてから、龍太は頭の先からつま先まで、瑞姫へと視線を巡らせた。いつもはどちらかといえば、自身に合わせた綺麗めなコーディネートだ。限りなく清楚に見えるいつもとは違い、今日の装いはゆるいカジュアルで、胸元にはネックレスまである。全て、央亮の見立てだ。
瑞姫は自身の格好を一度見てから、龍太を見て、首を傾げた。
「似合わないかい?」
「いや?それはそれでいいと思う。意外だけど。オレも今度、そういうのにしてみっかなー」
「お前がすると、その金髪と相まって不良に見えないか……?」
「みえねーし!」
「どうだろうな……?そもそも、今日の格好……ちょっとしたチンピラにしか見えないからね。お前」
瑞姫がそう言うのも仕方ない話で、龍太のシャツは黒地に青や赤の薔薇が咲き乱れたものだ。下は白のスラックスで、頭にはサングラスが乗っかっている。一見、瑞姫が言うようにその姿はチンピラ風味であり、とても素人には見えない。ただ似合うには似合っているのだが。
「う、うるせぇ!気に入ってんだよ!!と、とにかくだな!なんか危ないことがあったらすぐに言えよな!!」
「はいはい。ありがとう。余程お前の方がヤバい世界にいそうだけれどね」
「うるせーーー!!ほんじゃ、またな!!」
装いにこれ以上突っ込まれるのは御免とばかりに、龍太が踵を返した。もう一度瑞姫を振り返り、オレにも連絡しろよな!とこちらも過保護振りを発揮してから去っていく。
うちの家族は、とその姿を見送りながら瑞姫は苦笑を漏らした。
ふと、構内にある時計に目をやると、既に夕方近い時間だ。
『今日は金曜だし俺もそっちに行くから、一緒に帰ろうよ』
と出がけに言った央亮の言葉を思い出す。そろそろ行っても大丈夫かな?と思いながら、瑞姫は央亮のいるカウンセリング室へと向かった。
※
「んっ……あ、おう、すけ……」
訪れたカウンセリング室の中で、瑞姫は央亮に抱きしめられながら口付けを受けていた。ノックをしてから部屋に入るなり抱き込まれて、そのまま唇を奪われた。先日と違い、すでに日も暮れた夕方の構内には人も少なく、生徒の声はしない。
それに室内はすでにカーテンが引かれていて外から見えることもなかった。それらには安堵しているが、やはり落ち着かない心地だ。
瑞姫が少し身を捩ると、央亮がその唇を漸く解放する。
「いきなり……こんな……」
困ったように見上げる瑞姫の目元は赤く染まっていて、その様に央亮がにやっと笑った。ちゅ、と触れるだけのキスを瑞姫の唇に落とす。
「ちょっとは期待してたでしょ?」
央亮がそう言いながらもう一度同じ場所へと口付けると、瑞姫は恥じらうように俯いた。ばか、と小声で零す。ふ、と央亮は笑い、片手で瑞姫の顎を取ると、顔を上げさせてもう一度唇を塞いだ。
「ぁ……っ……」
央亮のそれは咥内を緩やかに撫でて、今度はあっさりと離れる。てっきり長めのキスかと思っていたので拍子抜けで、瑞姫は央亮の腕から見上げた。その視線に、
「ほら、期待してる」
唇を軽く啄んで央亮はまた笑った。
「……!……フン……」
瑞姫は少しばかり目を見開いた後に、鼻を鳴らしてそっぽを向く。そのまま央亮の腕から抜け出すと、ソファへと向かい、腰を下ろした。トートバッグを自分の傍に置き、コートも脱いで軽く畳み、傍に置く。
央亮はやはり笑って、瑞姫の後を追いかけるようにソファへと座る。いつもと同じように密着はせず、人ひとり分あけた場所だ。
「可愛いねぇ。今日はいかがお過ごしでしたか?」
まるでカウンセリングでも始めるかのような口調の央亮を一瞥して、足を組みながら、またそっぽを向いた。
「意地悪な恋人先生に悩まされてますね」
「おや。それは困ったものだ。私は今日、比較的暇でね。綺麗な恋人が来るのを待っていたのだけれど?」
視線を合わせず膨れる瑞姫に、央亮は楽しくてニマニマとしつつ、肩を竦めた。央亮の言葉に瑞姫は、へぇ、と一つ返事をした。
「それはそれは。心に悩みを抱えた生徒が少なかったのは喜ばしいのでは?先生?」
視線だけ向けて、瑞姫がそう言うと、央亮は、
「なるほど、それもそうだ。俺の彼氏は視点が素晴らしい」
と言いつつ、瑞姫へと手を伸ばす。その細い手首を掴んで引き寄せるようにすると、瑞姫は一つため息をついて組んだ足を解き、手に道かれるまま央亮へと身を寄せた。
央亮は抵抗なく身体を寄せて来た瑞姫へと笑顔を向けながら、その頬へと口付けた。ゆっくりともう一方の手で瑞姫の肩を抱いて、そのまま背中から腰までを撫でる。ぴく、と瑞姫は身体を揺らしながら央亮を見た。
「溝内先生、手つきがいやらしいのでは?」
「それは、まあ、ね……目の前に恋人がいて、密室で……盛らない男の方が異常でしょ?」
服の裾から手を潜り込ませて、瑞姫の肌を直接撫でる。瑞姫は軽い刺激に小さく息を飲みつつ、央亮の胸へと寄りかかった。ばか、と呟くように落としてから、自分から央亮の唇を塞いだ。
※
「あ、っ……だめ、おうすけっ……つよくしたら、声、でちゃ……」
対面の座位で、下から突き上げられながら瑞姫が喘ぐ。央亮が腰を揺らすと、ぎしぎしとソファが音を立てており、それも変に瑞姫の興奮を誘う。すでに瑞姫の中で央亮は一度射精していて、抽送のたびに響く水音も耳を犯すようだった。
「気持ちいいくせに……ほらっ」
瑞姫の腰を掴んで、勢いよく剛直の上に落とす。柔らかい肉を硬いそれが割開き、奥の奥まで突かれると快感が凄まじく、瑞姫は背中をしならせた。
「ひうっ……あ、あ、あっ」
短い喘ぎを落としながら、瑞姫が何回目か、中で達する。構内でこういうことをする背徳感が快感をより強くしているようで、瑞姫は射精をすることなく、その屹立したものからはだらだらと涎のように我慢汁が漏れ出ていた。敢えて瑞姫のそこに触ることなく、央亮は腰を揺らした。
「んふっ……だめぇ、いま、イってるからぁ……っ」
いやいや、と頭を小さな子供のように首を振って、央亮のものから逃げるように瑞姫は腰を上げようとした。腰を掴んだままの手でそれを阻止して、中の肉を捏ね回すように央亮は自身を動かす。
「中が痙攣してたまんない……ほら、わかる?」
「ひんっ……だめ、だめぇ……!」
とめどなく押し寄せる快楽の波に瑞姫は意識が飛んでしまいそうだ。蜘蛛の糸のような細い意識を持ち続けることで、何とか自我を保ってはいるものの、涙の滲む瞳は虚になりかけている。もう少しでトぶな、と瑞姫の表情を見ながら央亮はほくそ笑んだ。
「ほら、姫。もっと奥が俺を欲しがってる」
奥へと続く肉輪を突きながら、央亮は瑞姫の唇を舐めた。ぐち、と先っぽがその場所の入り口にはまりこんで、瑞姫はやはり首を振る。
「だめ、だめっ……それいじょう、は……おうすけぇ……!」
そこへの侵入を許してしまえば、自分がどうしようもなく快楽しか拾えない何かになりさがることは、瑞姫にもわかっている。ただでさえ射精もなしにイきっぱなしの状態だ。残る意識で、央亮の肩へと手を置いて腰を上げようともがいた。
「だーめ。逆らったから、お仕置きね。一気に入れたげる」
瑞姫の抵抗で上がった腰を、強い力で下げながら、央亮は勢いをつけて下から突き上げた。
「ひぐっ……!!!ああっ……!!」
ぐぷんぐぷんぐぷん、と肉弁を亀頭が潜り抜けて直腸S状部まで先っぽが行き着くと、瑞姫が天井を仰いで目を見開いた。全身に強すぎるほどの悦楽が走り抜け、身体が大きく痙攣する。それに合わせて、とろとろになった肉が収縮して央亮のものを締め付けた。
「は、本当に凄いね……姫の身体は最高だ……。……ん?」
瑞姫とセックスをして既に数え切れないが、すればするほど、央亮を惹きつけてやまない。美しさはさることながら、敏感な身体は男の手で容易く快感に染まり、体内も驚くくらいに快感を拾い上げて、男が喜ぶようにその肉が蠢くのだ。普段から身体を鍛えていることも影響してか、肉は緩むことなく常に心地よく締め付けてくる。本人が意識せずともそれらはできるのだから、最高の名器に違いない。
この瑞姫という人間を絶対に誰かに渡してはならない、と思っているところで、瑞姫のトートバッグからソファの上に飛び出てしまっていたスマホが揺れていること、央亮は気付いた。
瑞姫は快感の中に落ちきっており、それに気付いたら様子はまるでない。
瑞姫は電子機器に弱いというほどではないが、さりとて強いというほどでもない。ロックも自身の誕生日と極々簡単なもので、央亮はそのパスワードも掴み済みだ。
ーーLe spezie sono essenziali per l'amore.
指先をスライドさせて通話に変えた。それと同時に腰を揺らして、瑞姫の奥底を揺さぶる。
「ひんっ……だめぇっ、あんっ」
瑞姫はスマホのことなんて知らないまま、喘ぐ。その耳元に央亮は顔を寄せて、
「可愛いよ、瑞姫。ね、俺のこと好き?」
囁くように問いかけながら、抽送を開始した。激し目のそれに既にトランス状態に陥っている瑞姫は上半身を逸らせながら、何度も快感の中で頷く。
「ふあっ……すき、っ……あ、あ、あ、っ!だめぇっ、なか、だめっ」
直腸S状部と肉弁を何度も往復させると、強い快感に取り憑かれた瑞姫が声を張り上げる。央亮がチラリとスマホを見ると、いまだに通話状態で、電話の向こうで息を呑むような音が聞こえた。それに楽しくなり、執拗に切先で瑞姫の肉を突き上げて、苛む。瑞姫は襲いくる快楽に攫われながら、中で何度も達しては、唇から涎と喘ぎを落としていた。
「ね、もう一度、中で出させて……?熱いの、欲しいよね?ここに」
耳朶の近くで央亮が零した。その意気が肌にあたり、瑞姫の柔らかい肉が剛直を締め付ける。央亮もまた昂り二度目の射精が近い。言葉に合わせてピストンを繰り返しながら、瑞姫の耳へと言葉を送ると、既に意識を享楽に埋めている瑞姫が、小さく何度も頷いた。
「あふっ、あ、あ、っ、だして、あついの……なかに……っ」
「イイコ」
囁きつつ抽送を早めて、狭い肉壁を好きなように蹂躙する。複数回、それを繰り返したのちに、ぐ、っと最奥まで埋め込んでから、一気に迸りを瑞姫の中へと撒き散らした。精液が体内で拡がるのを感じながら瑞姫も達し、大きく背中をしならせて、
「あああ、あっ……!お、すけっ……っ!」
甲高く、声を上げた。その身体を抱きしめながら、央亮がスマホをへと視線を落とす。既に通話は切れていた。いつ切れたかは定かではないが、央亮は愉快で仕方がない。
ーー可愛い声だよねぇ……。ちょっとだけね……。
片手で瑞姫を抱きつつ、画面が暗くなったそれへと手を伸ばす。瑞姫にわからないようにロックを解き、着信履歴を削除した。そうしてからスマホをソファの端へと滑らせる。その場所ならば、バッグから落ちたくらいにしか瑞姫は思わないだろう。もう一度央亮は瑞姫へと視線を戻して、蕩けた顔へと口付ける。
「好きだよ……瑞姫」
何度も額や頬、唇にキスを繰り返してから、満足げに央亮は瑞姫を抱き締めた。
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