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「義くん、瑞姫さんとはその後どうかな?」 今日も今日とて、義隆は従兄弟と会話中だ。 気の利いた従兄弟は何を察知してか、義隆が悩む場面によく声をかけてくれる。 従兄弟が画面の向こうで首を傾げると義隆が深い溜息を吐いた。 「そんなにわかりやすいか?俺は」 「ふふ、可愛い義くんのことなら僕にはなんでもわかるよ」 実際、糸島義隆という男は嘘が下手であるし、そもそも演技も下手だ。 何か隠しても態度に出てしまう。それが仕事に支障をきたすことは絶対にないことは、救いではあるが。 問われたことに義隆は一度自分の手元へと視線を落としてから、彷徨わせ、一つ息を吐いてから顔を上げた。 「…………切腹ものの失態を犯した…………」 「切腹って……それはまた随分と穏やかではないね。どうしたの?」 「……その、あれだ……押し倒してしまって……」 迷いに迷って義隆は口を開く。従兄弟に軽蔑されるのは避けたいが、かといってうまく言うこともできず、そう事実を述べた。 従兄弟は少し黙ったが、ふむ、と一つ声を落とす。 「この前の話だと、瑞姫さんのことはそういう対象じゃないと聞いたように思うけど?」 従兄弟に義隆を軽蔑するような素振りはない。そこには少し安堵をしつつも、質問されたことに声を詰まらせた。 「いや、その……それは……」 「ふふ、意地悪な質問だったかな。ごめんごめん。義くんは良くも悪くも一直線だからね。もう少しゆっくりとことを進めないと……といっても僕の言葉でそうなってしまったかもしれないし。今はどういう状態なんだい?」 義隆を宥めるように慰めるように従兄弟は優しくいってくれる。義隆は溜息を洩らした。 「……逃げられた。……今は電話にも出てもらえない」 呟くように義隆は答えた。あれ以来、着信拒否にされているのか、瑞姫とは連絡が取れないままだ。従兄弟が先ほど言ったように、自分はそういうきらいがある。それは自分でもわかっていたことなのに、どうしてもあの時は自分を留められずこの様だ。ほとほと自分に呆れて義隆は溜息しか出ない。 「うん……まあ、そこまでしてもお咎めがないということは、それなりに瑞姫さんもお悩みなのかもしれないね。これが本当に無体を働いたというのなら、白田家は黙っていないと思うよ。まあ、こちらの勝手な判断ではあるけれど。ふむ……他には何か情報はあるのかな?」 従兄弟はなおも優しい声で問いかけてくる。 何時も甘えてしまって申し訳ないな、と思いながらも義隆は口を開いた。 「……俺のことが好き、だと……」 言われたことを思い出しながら義隆は落とす。おや、と従兄弟は声を上げた。 「それなら両想いじゃないか」 「いや、でも、遅い……とも……」 「遅い?」 「その……瑞姫さんはお付き合いしている方がいるので……」 「ああ、キスをしていた人だね。なるほど。そうだねぇ……それは確かに問題だね。瑞姫さんを浮気者にしてしまう。ああ、でも……いっそのこと、その相手と瑞姫さんをシェアしてはどうだい?」 「しぇ、シェア……?」 いきなりの提案に、義隆は驚いた。まさか従兄弟からそんな言葉が出るなんて思いもしなかったのだ。従兄弟は、ふふ、と笑う。 「冗談だろ……無理だ、そんなの。相手が誰とも知れないのだし」 「おや、知っている人物ならいいのかい?」 「いや、そういうわけじゃ……」 義隆は真面目な故に、従兄弟の言葉も変に考え込んでしまう。誰となら、と。ここで突っ込むならば、瑞姫の気持ちが入っていないことだが、今の義隆にそこまで考えは及んでいなかった。 少しの間、沈黙が流れる。その間も従兄弟は義隆のことを笑顔で見つめていた。 ふ、と義隆が顔を上げた。 「……信頼している者ならば……或いは」 それでも、出来るだろうか、と考えながら答えると、 「義くんに取って一番信用できるのは誰なんだい?」 従兄弟が質問を重ねてきた。更なることに首を傾げたところで、義隆の視線と従兄弟の視線があった。そこで、ああ、と義隆が声を上げる。 「兄さんは信用している」 その答えを聞いて、従兄弟は笑顔を収め、義隆を数秒見た。ふは、と小さく噴き出す。 「えぇ……他にもいるだろうに。そりゃ僕としては嬉しいけれど。僕となら瑞姫さんをシェアしていいのかい?」 冗談めいた従兄弟に、義隆は真顔で頷いた。 「……そうだな。兄さんなら、他の人間よりずっと信用できるし……兄さんも瑞姫さんを好きだというのなら……いや、兄さんが好きなら俺は諦めるが。それに、瑞姫さんの気持ちも……」 ここにきてようやく、義隆は瑞姫の身持ちありきなことを思い出す。どこまでも自分勝手な自分に心の中で溜息を落とす。こんなんだから選ばれないんだ、と。 「ふふ、そうだね。でもそういう風に考えることが出来るのは、悪くないかもしれないよ?今の世の中は当たり前のように一夫一妻だけれど、その昔は違っていたこともあった。世間にはせめられるかもしれないけれど、結局のところ倖せというのは本人達次第だからね。瑞姫さんの気持ちも大事だし、義くんの気持ちも大事だ。そしてその相手という人物の気持ちもね。……おっと、そろそろ時間だ。義くん、今日はここまでになるけど……大丈夫そうかな?」 そう申し訳なさそうに首を傾げた従兄弟に、義隆は慌てて、大丈夫だ、と答える。従兄弟はにっこり笑うと、じゃあ、と続けたが──。 「そうそう。義くん。近いうちに会えそうだよ」 思い出したように、義隆えと言った。義隆が、少しばかり目を見開く。 「帰ってくるのか?それは楽しみだな」 従兄弟に会えるのは素直に嬉しいことだ。今まで眉間に皴の寄っていた義隆が笑顔になった。それにあわせて、従兄弟もにっこりと笑う。 「僕も楽しみだよ。じゃあ、また」 そこで、会話は終わった。 従兄弟に会えるかもしれないという嬉しさと、瑞姫への気持ち。 ふう、と義隆は息を吐く。なんとも難しいな、と椅子へと背を預けた。 ※ 瑞姫が義隆からのメッセージを受け取ったのは、大学から央亮の家に帰りついた夕方のことだった。まだ央亮は仕事から戻っていないのか、その姿は室内にはなかった。コートを脱いでから、トートバッグと一緒にソファの上に置いて、通知表示を指先で押した。 -------------------- 先日は立場も弁えず大変な失礼をしました。申し訳ありません。 今一度話し合う機会を頂きたいです。 信用は無くなったと思いますが、是非ともお願い申し上げます。 -------------------- まるで仕事でミスをしたような真面目なそれに瑞姫は苦笑を漏らした。 ーー……立場なんて……初手で突き離さなかった俺の甘さだよ。ばか義隆……。 そう思いながら、メッセージをスクロールする。いつもならば最後に『義隆』と名前が書かれているのがないことをなんとなく不思議に思って指先滑らせると、何行か空けた最後の行に、 -------------------- 瑞姫さんのことが、好きです。 -------------------- とあって、瑞姫はそれを凝視した。 あの行動の後だ。その気持ちを伝えてくることは予想はしていたものの、いざそれが目の前にあることに、やはり驚きは隠せなかった。 どきり、と胸が鳴って、鼓動が早くなる。瑞姫の頬が勝手に熱くなる。 ーーくそ……。央亮がいるというのに、義隆からのアクションがあればすぐに俺は……本当に、情けない……。 義隆への気持ちがまだ胸の中に燻り続けていることに、瑞姫は溜息を吐いた。まだ揺れ動く自分を受け入れてくれている央亮に浮かぶのは申し訳ないという気持ちばかりだ。もう少しすれば、と自分に言い聞かせるように首を振った時、玄関の方から扉が開く音がした。 瑞姫は慌てて、スマホの画面を暗転させて、それを半ば投げるようにバッグへと放り込んだ。それと同時に、央亮がリビングへと入ってきて、後ろから瑞姫を抱きしめた。 「ただいま、姫」 「あ、央亮……おかえり、俺もさっき帰ったところだよ」 なんとか心を落ち着けながら、抱きしめてくる央亮を瑞姫が振り返る。 央亮はにっこりとしながら、瑞姫の首筋に顔を埋めた。外気に触れて少し冷たいその肌に、瑞姫が身を揺らす。 「俺の姫。離れている間、ずっと会いたかったよ。姫は?俺に会いたかった?」 央亮は瑞姫の肌の上に口付けながら、小首を傾げた。抱きしめてくる手が、瑞姫の腰や腹部をゆっくりと撫でて、服の裾を捲って直接触れてくる。あ、と小さな声を漏らしながら瑞姫は頷く。 「ん……俺も……。あ、央亮、だめ……」 やんわりと肌の上を、央亮の冷たい手が這い、指先が胸元に届きそうなところで、瑞姫がそれを阻止するかのように服の上から止めた。ふふ、と央亮が背後で笑う。 「漸く家に帰れて瑞姫の顔を見れたんだからさ。少しぐらい悪戯させてよ?ね?」 「ばか央亮……」 元々、瑞姫は求められることが嫌いではない。それどころか、求められれば期待に応えてしまいたくなるのが今の瑞姫だ。求められ、それに応えて自身の存在を確認できる。それは性的嗜好をひた隠しにしてきた故の承認欲求の現れとも言える。なので、央亮からそう言われると逆らう気が削げ落ちてしまい、その身を任せた。 それをよく知っている央亮は、瑞姫のその姿にほくそ笑みながら、侵入させた指先で過敏な胸の突起を摘む。 「んっ……」 「可愛いね、姫。ね、クリスマスはどうしようか?何か、欲しいものはある?」 微かな甘い衝撃に瑞姫が声を喘がせていると、央亮が首筋を甘噛みしながら、問いかけをしてきた。 「クリスマス……?あ、もうそんな季節……」 瑞姫は、そういえば、と思い出す。街を歩いていても、今はそんな装飾でいっぱいだったな、と。 「そ。どこか出かけるのもいいし……ベタに食事をして夜景でも見に行こうか?恋人らしい夜でしょ?」 央亮は首筋から耳へと口を移動させつつ、瑞姫の耳朶を喰んだ。そうしながら指先で、主張をしてきた突起をコリコリと転がす。瑞姫が肩を震わせた。 「あ、ふ……っ……いいよ、それで……あ、央亮が欲しいものは……?」 段々と自身の身体が快感に染まっていくのを感じつつも、瑞姫がそう返すと、央亮は目を瞬かせた。 「俺が欲しいもの?そうだなぁ……あ、ねぇ。お揃いのピアス、なんて、どう?」 ここに、と瑞姫の耳朶をもう一度央亮が甘噛みする。 瑞姫の耳にピアスホールはない。今までそういうことを考えたことのなかった瑞姫は、僅かに目を見開く。 「ピアス…………」 「そ。俺がプレゼントするよ?」 ちゅ、と今度は耳全体に央亮がキスをする。指先が動いて硬くなった突起を摘み上げると、瑞姫の身体の中に刺激が走り抜け、あん、と小さな悲鳴をあげて背中を軽くしならせた。はぁ、と熱くなりつつ息を瑞姫は吐き出して、央亮の腕の中で身を捩らせる。央亮は邪魔をすることなく、胸にあった手を浮かせて抱きしめる手を少しばかり緩めた。 「……いいよ。央亮が、あけてくれるなら……」 身体の向きを央亮の腕の中で変えながら、瑞姫は央亮へと向かい合い、その両手を首へと回す。これも義隆への思いを断ち切るきっかけとなるなら、それも良い。 向き合った瑞姫の身体を改めて央亮が抱きしめ、瑞姫は自分から央亮の唇に自分のそれを重ね合わせた。 ※ 甘い時間を過ごして、生活の時間も過ぎ去った後、二人は寝室のベッドの上に居た。既に瑞姫は寝入っているようで、央亮がそれを注意深く観察する。 瑞姫の寝息と通常時の呼吸音は既に把握しているものの、念には念をいれて、だ。それが確かに睡眠による呼気だと確認してから、央亮は瑞姫の髪をゆるりと撫でて、ベッドから立ち上がった。 寝室の端、ソファの傍、サイドテーブルの上で充電中になっている瑞姫のスマホを手に取る。ロックを解いて、画面を表示させると、メッセージのアプリが立ち上げられたままだった。義隆からのメッセージがそのままの、それ。 「不用心だなぁ……ま、そこも可愛いけどねぇ」 央亮の小さい声に苦笑が混じり、そのメッセージを読んだ央亮の目が細められた。 「うんうん……そうだよね、そうくるよね……」 央亮の声が、静かな部屋に落ちる。楽しみが含まれたそれを瑞姫は、知らない。
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