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17
「この着方で……あっている?」
央亮の前で、瑞姫がくるりと回ってみせる。
その姿は、上下黒のカットソーとパンツの上に、ブラウン色の生地の上に細い白線で格子柄の入ったテーラードジャケットを羽織っていた。
央亮が選んだ服は今まで馴染みがないものがほとんどで、着方も瑞姫にとって分かりそうで分からないものが多く、自身のコーディネイトであっているかが、いまいち瑞姫は不安だ。そういう時は央亮に見せるようにしていた。
央亮はにっこりと笑って頷く。
「いいよ、似合ってる。袖を通さずに肩に羽織るだけでもいいかもなぁ……いつも姫がしているような綺麗めなのもいいけど、何でも似合うね」
流石は俺の姫、と目の前にいる瑞姫を引き寄せて腕の中に央亮が仕舞い込んだ。髪や耳に口付けを繰り返していると、擽ったそうに瑞姫が身を捩る。
「装いに興味がないわけじゃないのだけど……どうしても偏ってしまうというか。央亮が選んできてくれたものは、普段しないから面白いよ」
「そう?なら良かった。ああ、そろそろ出る時間か。離れ難いなぁ……」
少しばかり抱く力を強めてから、央亮は耳から頬、頬から口端へと口付けをずらしていく。瑞姫の唇の上を啄みながら、
「姫、口開けて」
囁くように言った。それを受けて瑞姫はうっすらと口を開く。すると唇同士が重なり合って、央亮の舌が咥内へと忍び込んできた。瑞姫の舌を突くようにしたあと、ぐ、とそれが絡んできて、瑞姫が息を呑む。
「んっ…………」
湿った音を響かせながら、舌同士が絡み合って央亮が瑞姫の舌をゆるりと吸い上げられると、瑞姫の体内に快感の波が緩やかに通り過ぎる。それはヘタをすると下半身に熱を集めそうな衝動だ。これ以上はまずい、と自分で判断して、瑞姫は顔を背けた。央亮の胸へと手を置いて、そっと押す。
「おや」
央亮から声が漏れて、瑞姫はそちらへと視線をやった。
「は……ぁ、これ以上は、ダメだよ……」
息を落としながら、瑞姫は首を振る。その様に、にやっと央亮が笑みを浮かべた。
「本当に、敏感だなぁ……今日は、早い?」
「ふん……そうしたのはあなただろう?そうだね……特別な用事もないし、従兄弟殿に連れ回されるなんてことがなきゃ、早く帰る予定だよ。央亮は?」
央亮の笑みにそっぽを向いて、自身のスケジュールを思い出しつつ、瑞姫が言うと央亮が、その髪に口付けをしてから腕の中から解放した。
「今日は俺も企業内セミナーで講演だけだからね。姫も早いなら、食事にでも行こうか。お迎えに行くよ?」
央亮の返答に、へぇ、と瑞姫は漏らす。改めて見直してみれば、確かに今日の央亮はいつもの仕事着より、より気合いが入ったものに見えた。指先を伸ばして、ほんの少しだけよれた央亮の襟を正した。
「講演なんて凄いね。聞いてみたいなぁ」
「身内に聞かれるのは恥ずかしいよ。でも俺めっちゃ立派な外面つけていいことを、いつも言ってるよ」
おどけて笑った央亮に、瑞姫も一緒に笑った。
「想像できるな。央亮はピシッとしてると本当に格好良いよ。今もね」
「えぇ、普段の俺は?」
「それはそれで格好良いよ。様変わりには驚くけれどね」
「ま、それも個性のうちってね。じゃあ、先に出るけど……夕方はお迎えにあがっても?」
央亮は一度髪を掻き上げて、瑞姫の手を取ると、その甲に口付けながら瑞姫へと視線を送る。
「真面目な俺は3限まで授業なので、16時以降なら結構ですよ。溝内先生」
「じゃ、それくらいに行こうか。こちらのスケジュールが変わった時は連絡するよ」
「了解。職場まで気をつけて」
瑞姫は取られた手をひっくり返すようにしながら、今度は自分の口元に引き寄せて、央亮の指先に口付けた。頑張って、と一言添えると、央亮が瑞姫の頬に口付ける。大学まで気をつけて、と返した。
そうしてから、央亮を玄関まで送った後、洗面所に灯りが付いていることに気付いた。お互いに消すことが常なので、珍しいな、と思いながらそちらへと足を向ける。手を伸ばし、電気を消そうとした時、ふと自分の姿が大きな鏡の端に写った。なんとなく、気になって鏡の前に立つと、その中に写るのは、見慣れた自分とは違い、まるで違う自分だ。
自分のことではあるが、似合っていないわけではないし、この格好が嫌いなわけでもない。違う自分というのもなかなかに新鮮だと思う。けれどどこか、違和感があって、そっと指を伸ばし、鏡へと触れた。
ーー……違和感、か。まるで俺と央亮みたいだ……。
何気なく思ったことに、瑞姫自信が驚いて、鏡を凝視した。
ーー何を、馬鹿なことを……。俺は、まだ義隆が……。くそっ……どこまでも……。
極軽くではあったが、瑞姫は鏡を叩いて、指先を離した。先ほどまで一緒にいた人物に浮かぶのは、矢張り罪悪感だ。確かに央亮のことも好きだというのに、なのにずるずると義隆への気持ちも引きずったままだ。溜息を一つ吐いて、鏡から離れて、洗面所の灯りを消した。その灯りが消える瞬間、義隆への恋心もこうやって消えればいいのに、と思った。
※
大学が終わった後は央亮と落ち合い、食事へ向かう。相変わらず央亮はエスコートも上手で話題が尽きることもない。それでいて騒がしくないところは、一緒にいても苦痛ではなく、むしろ楽しめるものだ。それは央亮の書斎を見ればわかる気もした。自由に見てもいいと言われて、元々読書家な瑞姫はその書斎から本を取りよく読んでいるが、ジャンルが多岐なのだ。今流行りのライトノベルから哲学書などの専門書、歴史小説やエッセイ、果ては占いの本など、とにかく凄い。その知識のストックが話題となって出てくるのだろうな、と瑞姫は思っている。
「本当に、あなたは不思議な人だね」
感心して瑞姫がそう漏らすと、えぇ?と央亮は不思議そうに笑う。容姿も良く、頭も良く回り、気遣いだって出来る。そんな男が独り身だったのも、少し不思議だ。
自分が央亮と関係を持った時は、固定の誰かというのはいなさそうだった。いればそういう争いに巻き込まれるのを懸念して、近づかなかっただろう。それにその時は今よりも大分、軽薄さだってあったのだ。それが今はそんな素振りが一つもない。
「今までの人とは長く続かなかったのかい?」
何気なく、瑞姫は訪ねてみる。すると、央亮は苦笑を浮かべた。
「そうだねぇ……相性が悪かったのかもね。どうも、付き合ってしまうと一途になりすぎるきらいがあってね、俺は。姫なんか大変だと思うよ?何せ今まで、姫以上に好きになった人間は……ずっと、いないからね」
肩を竦めつつ、央亮はそう言って、手を伸ばして瑞姫の頬を撫でた。
「それは光栄というものだね。それに、一途というのは悪くないだろう?他の人間にウロウロされるよりも、ずっといい」
瑞姫は微笑みながらそう言ったものの、内心、どの口が言うのか、と自身に苦笑をする。それはもちろん顔には出さなかったが。すると、そう答えた瑞姫を少しの間央亮は見つめて、もう一度頬を撫でた。
「瑞姫がそうなってくれるには、もう少し時間が必要かな?」
おどけた声で央亮が言うと、瑞姫は隠した苦笑を顔に零す。
「もう少しだけ……ごめん」
俯きながら言った。何もかもお見通しな央亮には頭が上がらない思いだ。そんな瑞姫に央亮は、いいさ、と笑ったのだった。
※
「瑞姫、瑞姫……」
央亮が瑞姫の首筋や鎖骨に口付けながら、名前を繰り返す。瑞姫は対面になったその膝の上で、央亮自身を受け入れながら、背中を軽くしならせた。
帰宅して風呂を終えた後、瑞姫は央亮に求められるまま、その身を任せていた。
稀に箍が外れたように求められることもあるが、概ね、央亮は瑞姫を優しく扱う。今日は普段に輪をかけたように丁寧だった。時間をかけてゆるゆると瑞姫の身体に熱を灯して、受け入れてもなおそれは変わらず、その剛直は激しく動くことなく、体内にゆっくりと留まっている。
「あふ……あ、央亮……も、ぅ……」
焦らされているわけではないが、射精してもいなければ、まだ中でだって軽くしか達していない。溜まった熱が身体の中をどうしようもなく渦巻き、瑞姫は強請るように央亮の肩へと指を軽く食い込ませた。
央亮は瑞姫の顔へと視線を向けて、ふ、と笑った。
「ね、したいことがあるんだ」
首を傾げながら、瑞姫の唇をペロリと舐める。その刺激に、ぴくん、と身体を揺らしながら瑞姫も首を傾げて、なに……?と小声で呟く。
「ピアス、開けていい?」
「あ……い、ま……?」
甘い刺激の中で、瑞姫はゆっくりと瞳を瞬く。央亮は頷きながら、サイドテーブルに手を伸ばした。央亮の身体が動いたことで、中のものが揺れて、瑞姫は息を呑む。そんな瑞姫の前に、央亮はピアッサーを見せた。本体は金細工と思われるそれの先には緑色の石が光っていた。瑞姫はそれを見て、少しばかり逡巡したものの、小さく頷く。
「いいよ……して……」
はぁ、と熱くなった息を吐き出しながら瑞姫がそう言うと、央亮は笑みを浮かべつつ再びサイドテーブルに手を伸ばした。幾つかの道具を取り、それを自分の傍に置く。
個包装になっている消毒綿を開けて自身の手をまず拭いてから置く。同じものをもう一枚取り出してから、今度は瑞姫の左耳を拭いた。アルコールが皮膚の上で揮発し、今からのことを思って瑞姫がちょっとの緊張に息を吸い込む。央亮のもう一方の手で、瑞姫の背中を支える。
「一瞬だから、少し我慢して動かないで」
消毒をした皮膚の上へとピアッサーを押し当てて、央亮が言った。瑞姫が、ん、と声だけで返事をした次の瞬間ーーバチン、と静かな部屋に音が響いた。
「あっ」
鋭い痛みが、耳朶を貫通して瑞姫が声を上げる。受け入れていた中の肉が痛みに呼応して、きゅっ、と央亮のものを締め付けた。瑞姫の唇を央亮が軽く啄む。
「できたよ。大丈夫?痛くない?」
「あ……少し、だけだから……大丈夫……」
「そ?なら良かった。開けた瞬間、姫が俺のことを締め付けるからやばかったよ」
軽口に、瑞姫は困ったように薄く笑って、ばか、と漏らしながら両手を央亮の首に回す。
痛みはあった。鋭い、それが。けれどそれはたった一瞬のことだ。義隆のことも過ぎてみればきっとこの程度のことだろう。
瑞姫は啄んできた央亮の唇に、同じようなキスを返しながら自ら腰を揺らす。
「ん、ふ、……央亮……も、して……、中、我慢できないから……」
甘い声で強請った。央亮は、お望みのままに、と返しながら瑞姫をベッドの上にゆっくりと押し倒した。緑の石に飾られた瑞姫の耳が、ジン、と熱く痛んだ。
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