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 十二連勤。労働基準法における看護師が可能な連続出勤日数である。 私は十二連勤を乗り越え、最後の夜をナースステーションで過ごしていた。 後は何もなく、交代の看護師が来れば家に帰ることが出来る。それを心待ちにする間に、油断をしたのかコックラコックラと舟を漕ぐように微睡(まどろみ)(ふち)揺蕩(たゆた)う。  今日の夜勤勤務は三人。私以外の二人は体位変換に出ており、私はナースステーションで一人待機中。 そこに十二連勤のぶり返しが睡魔と化し襲いかかり、舟を漕ぐに至ったのである。  深い居眠り状態に陥っていると、胸が震えた。正しく言えば、胸に下げていたナースコールの子機が震えたのだ。しかし、私は深い居眠り状態にあるために気が付かない。 ナースステーションの壁にかけられたナースコールの親機がチカチカと赤い光を放っていることに気がついたのは、同僚がナースステーションに戻ってきて赤い光を見て駆け寄る足音を聞いたからである。 同僚は私に向かって叫んだ。 「ナースコール鳴ってますよ!」 一瞬で睡魔が吹き飛んだ。私は座っていた椅子を後ろに倒さん勢いで立ち上がり、ナースコールの鳴った病室へと急行(かけ)けていく。 ベッドの上では苦悶の表情を浮かべ、患者さんがのた打っている。  その人は私が担当する患者さんで武田さんと言い、御歳九十歳超え。 武田さんは気管支が弱い。そのために誤嚥を引き起こすことが多く、よく咳き込んでいる。 私が睡魔に落ちる一時間前も体位変換のついでに背中を擦り落ち着かせたぐらいだ。 「大丈夫ですか! 大丈夫ですか!?」 いくら声をかけても、武田さんの返事はなく濁った呼吸音を口から出すのみ。 今すぐにでも、先生を呼ばなければならない。だが、先生が来るまでの(いとま)すらも惜しい。私は応急処置のために背部叩打法で気道異物除去を試みることにした。 すると、同僚も病室に駆けつけてきた。私は同僚に叫ぶ。 「小林先生呼んで! 早く!」 同僚が小林先生を呼びに行く間、私は武田さんの背中を叩き続けた。 考えることは「絶対に命を助けたい」のみ。背中を平手で貫通せん程の勢いで何回も背中を叩き続けると、反応があった。
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