3人が本棚に入れています
本棚に追加
私は小林先生の描いた絵図に乗ることにした。武田さんの遺族には「眠るように穏やかに亡くなった」と報告を行った。それを言った瞬間、私の頭の中に苦悶の表情を浮かべた武田さんの顔が過るも、それだけだった。
罪悪感による胸の痛みはない。
看護師は「白衣の天使」と称される。勿論、私も白衣の天使と称される立場だ。
ただし、その背中に生えるは白い翼ではなく黒き嘘と言う罪に染まった黒い翼だ。
これでは堕天使だ。
武田さんの遺族だが、私に感謝をしてくれた。小林先生が「最善を尽くしました」と、私の失態を誤魔化すように何度も言ってくれたおかげかもしれない。
時折であるが、遺族からは「人殺し!」と罵倒されることがあるために、こうして感謝されることは私にとっては慰めだ。
家族を殺しておいて、感謝される。罪悪感を覚えないと言うと嘘になるが、胸は不思議とスッキリとしている。これが黒い翼を持つ堕天使の心とでも言うのか。
私は病院の裏口にて、武田さんの御遺体を小林先生と共に見送った。
御遺体を載せたクルマが見えなくなり、頭を上げた瞬間、小林先生は徐に述べた。
「二度と、このようなミスはしないでくれよ」
私は率直に思ったことを述べた。
「看護師の待遇改善がなされない限り、繰り返されると思います。全国で」
「この辺りは御上が考えることだ」
小林先生はそう言いながら裏口に貼られていた看護師募集のポスターを一瞥した。
ニッコリと微笑む看護師の姿に、ポジティブな意味のKを頭文字にしたスローガンが複数。
感謝 希望 貢献 感動 カッコいい。
他人目線から見たKである。それこそ、私が憧れたナイチンゲールの姿だ。
私はそれに対して言いたいことこそあれ、口を閉じてしまう。
最初のコメントを投稿しよう!