エンジェル・サーチ

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「天使見つかった?」  母親の腕の中で俺に向かって手を振る男の子に、グラウンドの外れで手を振り返しながら俺は尋ねる。  隣りで周囲を凝視する雪平さんは首を横に振った。 「ダメ。見つからない。西野くんは?」 「ずっと探してるけど、まだだ」 「もー。本当に見つけられるのかなぁ」 「頑張ろう。諦めるわけにはいかない」  そのとき、ハッと雪平さんが自分の両手を見つめた。それから、視線を伏せ、悲し気な顔をする。 「今、見つかったよ」  そう言って、俺の手をその両手で握った。  雪平さんの両手は肌に擦り傷のような痛みが走るほど冷たかった。透き通るように白い肌は微かに紫色を帯びていて、白夜が神罰として骨髄で冷たく燃えているかのようだ。  雪平さんの手の余りの冷たさに、慄然としている俺に彼女は言った。 「西野くん。覚醒する悪魔って私のことだったんだよ。悪魔は別に人間が憎いわけじゃないんだね。人間になんかそもそも興味がない。目の前の人間がどうなっても構わない。だから、その人間が自分の欲望の障害になるなら、どんな酷いこともできる。悪魔ってそういう存在。・・・つまり私」  突然の言葉に俺は驚いたが、すぐに言い返す。 「雪平さんはそんな奴じゃないだろ!」 「そんな奴だよ。私は他の人間とコミュニケーションを取るのがずっと煩わしかった。だから今まで、自分だけの世界に籠ってきた。私が読んでいた本が何かわかる? 数学の論文集だよ。思春期に振り回されるクラスメートとお喋りするより、感情を持たない数字と戯れている方が私にはマシだったの」  その気持ちは俺にもわかった。だから、俺もクラス内で傷つけたり、傷つけられたりする関係を持ちたくなくて、一人で過ごすようになったのだ。  けれど、今は傷を舐め合うときじゃない。 「でも、今俺とたくさん話してるだろ!」  つい先刻までの雪平さんの豊かな表情が脳裏に過る。俺はスゲー楽しかったのだ、雪平さんと話せて。ドラマやアニメの視聴者としての「青春」とは全く違う。「青春」という言葉すら忘れて、俺は「今」を生きていた。  ・・・それなのに、雪平さん。君は全部演技だったとでも言うのか? 
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