8人が本棚に入れています
本棚に追加
「天使見つかった?」
母親の腕の中で俺に向かって手を振る男の子に、グラウンドの外れで手を振り返しながら俺は尋ねる。
隣りで周囲を凝視する雪平さんは首を横に振った。
「ダメ。見つからない。西野くんは?」
「ずっと探してるけど、まだだ」
「もー。本当に見つけられるのかなぁ」
「頑張ろう。諦めるわけにはいかない」
そのとき、ハッと雪平さんが自分の両手を見つめた。それから、視線を伏せ、悲し気な顔をする。
「今、見つかったよ」
そう言って、俺の手をその両手で握った。
雪平さんの両手は肌に擦り傷のような痛みが走るほど冷たかった。透き通るように白い肌は微かに紫色を帯びていて、白夜が神罰として骨髄で冷たく燃えているかのようだ。
雪平さんの手の余りの冷たさに、慄然としている俺に彼女は言った。
「西野くん。覚醒する悪魔って私のことだったんだよ。悪魔は別に人間が憎いわけじゃないんだね。人間になんかそもそも興味がない。目の前の人間がどうなっても構わない。だから、その人間が自分の欲望の障害になるなら、どんな酷いこともできる。悪魔ってそういう存在。・・・つまり私」
突然の言葉に俺は驚いたが、すぐに言い返す。
「雪平さんはそんな奴じゃないだろ!」
「そんな奴だよ。私は他の人間とコミュニケーションを取るのがずっと煩わしかった。だから今まで、自分だけの世界に籠ってきた。私が読んでいた本が何かわかる? 数学の論文集だよ。思春期に振り回されるクラスメートとお喋りするより、感情を持たない数字と戯れている方が私にはマシだったの」
その気持ちは俺にもわかった。だから、俺もクラス内で傷つけたり、傷つけられたりする関係を持ちたくなくて、一人で過ごすようになったのだ。
けれど、今は傷を舐め合うときじゃない。
「でも、今俺とたくさん話してるだろ!」
つい先刻までの雪平さんの豊かな表情が脳裏に過る。俺はスゲー楽しかったのだ、雪平さんと話せて。ドラマやアニメの視聴者としての「青春」とは全く違う。「青春」という言葉すら忘れて、俺は「今」を生きていた。
・・・それなのに、雪平さん。君は全部演技だったとでも言うのか?
最初のコメントを投稿しよう!