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「西野くん。私は日本が滅ぶなら外国に逃げれば良いと思うような人間だよ。・・・でも、西野くんは違う。いつも陰でクラスの皆のために働いている。今日も、制服にも着替えないで一人で文化祭の後片付けをし、ほとんど口を聞いたこともないクラスメートを信じて世界を救おうとし、迷子の子供にも真っ先に駆けつけた。もうわかったでしょ?」
「何を?」
「天使は西野くんだったんだよ」
俺は言葉を失った。
雪平さんは何を言ってるんだ? 何を?
「神様も残酷だよね。悪魔に天使を探させて、自ら消滅するように仕向けるなんてさ」
「そんなわけがない!」
「この成り行きなら、そうとしか考えられないよ!」
雪平さんの強い口調に、俺は言葉を失う。
「さあ、西野くん。私を消してくれて良いよ。・・・じゃなきゃ、皆が死んじゃう」
雪平さんは全てを諦めたように小さく苦笑した。
「ふざけんなよっ!」
俺は思わず雪平さんの肩を掴んだ。
「雪平さんはそれで本当に良いのかよ? 雪平さんが悪魔だとかどうでも良い。俺にとって雪平さんは・・・! くそっ・・・。消せるかよ! 神の命令だろうが、世界が滅びようが、消せるわけねーだろ!」
「西野くん・・・」
いつの間にかフォークダンスは終わり、締めの仕掛け花火の音が俺達の鼓膜を震わせていた。周囲で飛び交う光が、雪平さんの見開いた瞳に浮かぶ涙で揺れている。見つめていると胸が苦しい。
世界は終わるのかもしれない。でも、構わない。雪平さんを消して守った世界なんて、十七歳の俺にとって余りに空虚だ。
・・・さっきは言えなかったけど、言うなら今しかないんだ。
「雪平さん。俺、雪平さんのこと・・・」
そのとき、何かがメイド服のスカートの裾からむき出しになっている俺の太ももに触れた。
「つめたっ!」
俺は思わず飛び退った。
見ると、雪平さんのスカートのポケットが膨らんでいる。それが俺の太ももに何かの拍子で密着したらしい。
俺がその膨らみを訝し気に凝視していると、雪平さんがハーっとため息を吐いてポケットから取り出した。
大き目の保冷剤だった。目が点になってポカンとしている俺に雪平さんは口をへの字にする。
「残念。まだまだ楽しみたかったのに・・・。文化祭が終わるまで家庭科室の冷蔵庫で凍らせてあったんだ。実はこれで手を冷やしてたの」
嵌められた・・・! やっぱり、納豆がトロロを食おうとしてたんじゃん!
俺は無性に腹が立った。それは雪平さんに対してだけでなく、アオハルしちゃってた自分に対してもだ。言語化できない罵声を怒鳴り散らしたいのを必死に我慢して顔が歪む。そんな俺を見て、雪平さんは平謝りした。
「ゴメン、ゴメン。さっきの『消せるかよ!』のくだりとか、私、本気で感動して涙出て来ちゃった。西野くんてさ。ホントに天使なんだなって思った」
もう騙されるか! という眼差しを向けると、雪平さんはニコっと微笑む。
「私、一年のときからボッチで、去年の後夜祭は校舎から見たんだ。でも、見ている内にバカバカしくなって帰ろうと思ったら、隣のクラスにまだ一人で片づけている生徒がいて。そっと覗いていたら、その生徒も窓から一人で後夜祭を眺め始めた。私と一緒だなって思った。それからずっと西野くんのこと見てたんだよ」
驚いた。あのとき自分が見られていたなんて全く気付いていなかった。もちろん、雪平さんがそれから俺に意識を向けていたことも。
いたずらっ子のような笑顔で雪平さんが続ける。
「同じクラスになれたし、いつか話しかけようって思ってたんだ。それで、それならいっそのこと、文化祭の後にいたずらしちゃおうかな? って。ほら、西野くんなら今年も一人で片づけするんだろうなって思ったから。初めは軽い冗談で済ませるつもりだったんだけど、思った以上に話が盛り上がっちゃった。ホントゴメンね」
雪平さんが深々と頭を下げるのを見て、俺はガックリと項垂れると、一つ大きく息を吐く。
「・・・もう良いよ。結構楽しかったから」
「ありがとう、許してくれて。やっぱり西野くんは優しいね。ところでさ・・・」
雪平さんが顔をニヤつかせて俺を見る。
「『雪平さん。俺、雪平さんのこと・・・』の続きが聞きたいんだけど?」
俺は恥ずかしさの余り真っ赤になってしゃがみ込んだ。
明日の振り替え休日の翌日、俺は学校に来られるだろうか?
そんな俺を見た雪平さんの呟くような感嘆の声が耳に届く。
「わぁ。西野くんってマジで天使だね」
すかさず俺は言い返した。
「雪平さんは悪魔じゃないけど、立派な小悪魔だね!」
そのとき、高校生になって初めて、パチンと小気味よく会話のパズルのピースがハマった感覚がした。
プッと吹き出した雪平さんの顔の向こうでは、普段気に留められることもない星屑たちが墨色の夜空でさざめいている。そのきらめきと悲しみは、きっと俺や雪平さんの存在そのものなんだ。
そして、今僕らは同じ後夜祭の夜の中で、孤独の闇を越えて共に瞬き合っている。
俺は雪平さんの笑顔を見ながら思った。
どうやら天使は本当に存在していて、しかも俺は彼女と友達になれたんだ、と。
fin.
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