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17 宇宙精神
「自己意識領域は、意識、思考、心、霊、魂の順に無意識領域へ移行します」
モーリンはスプーンを口へ運びながら話した。
「神経細胞の中にミラー細胞と呼ばれるシミュレーション細胞があります。スポーツをTVで観戦すると、あたかも自分がその人物になったように錯覚させる、脳の神経細胞の事です。この細胞を活性化するホルモン剤を投与すると、現実の自分を、自分の真上から第三者的に認識するようになります」
「幽体離脱ですか?」
トーマスはスプーンを止めた。モーリンを見つめている。
モーリンもスプーンを止めた。
「そのように呼ぶ場合もあります。実際は、宇宙意識や神の意識にシンクロしている状態です。本来は、人間とはそうしたものなのです」
トーマスは驚いたようにモーリンを見つめている。
「意識は肉体から遊離できるのですか?」
「私たちの話から大事な事が欠けています。気づいていますか?」
モーリンはスプーンを口へ運ぶ。
「仮定がちがっていると?」
「バトン様。スープをお召しあがりください」
執事がトーマスとモーリンの前にそれぞれのサラダの皿を置いた。
「私たちが意識や心や精神と呼ぶものが、常に私たちの中にあるとお思いですか?」
モーリンはサラダをフォークで取った。視線はサラダに注がれたままだ。
「そうではないと?」
トーマスはモーリンを見つめた。
「先ほど、あなたが過去の失態を思った時、あなたの意識はどこにありました?こう訊くのは変ですね・・・。どこにいましたか?」
モーリンはフォークでサラダを口へ運ぶ。
「私の中に・・・」
そう話してトーマスははたと気づいた。意識は確かに僕の過去にあった。実際は僕の記憶の中の過去にあった。過去は僕の中の異空間だ。そこに僕の意識は存在した・・・・。
「おわかりのように、意識は必ずしも私たちの中に存在しません。
ネイチャーの論文は、そこまでしか書いてありません。だから、論文をまとめた本をお渡したのです」
モーリンはトーマスを見つめた。眼鏡の奥のトーマスの目が綺麗だ・・。
「まわりくどい話はよしましょう。結論を話します。
私たちの意識や精神は宇宙意識とシンクロしています。いえ、そうじゃないわね・・・。
私たちの意識や精神は宇宙意識や宇宙精神の一部です。
私たちの肉体は、宇宙意識や宇宙精神を糧にして、私たちの肉体と意識と精神を私たち固有なものに成長させます。
同時に、宇宙意識や宇宙精神をいつも受信しているのですが、成長とともにその記憶は薄れて消え、自己の意識になります」
「発生段階で宇宙意識や宇宙精神が入りこむのですか?」
「基本的には遺伝子、あるいは遺伝子に順ずるものが存在する場合です。それらに宇宙意識や宇宙精神が入って肉体が形成され、肉体の中に宇宙意識や宇宙精神が留まり、記憶を形成して自己意識になるのです」
「DNAの分子記憶はそうしたものだと?」
「そうです。宇宙意識や宇宙精神としての自己意識です。
我々が自己意識は自己の中にだけ存在すると思いこんだまま、宇宙意識や宇宙精神に気づかずに成長するためです」
モーリンはフォークを置いて、自分の頭部を指さしている。
「有機体だけですか?」
「無機物質についてはまだわかりませんが、基本的には同じと思います」
「それなら・・・」
トーマスは考えこんだ。フォークでサラダを口へ運ぶが、味がわからない。
「人が自分の運命を思考する場合、事象の時系列を経ずに飛躍して未来を思考する場合があります。
この場合、運命の時系列が途絶えていますから、運命は成立しません。言い換えれば、自分のものではない他の運命を、つまり宇宙意識や宇宙精神の一部である、他人の運命を思考している場合といえます・・・。
一方、祈りは自分の意思を述べるだけです。運命を思考しません。単なる方向付けですから運命の時系列は連続します。結果は祈りの成就です」
執事が、トーマスとモーリンの前に鱒のムニエルを置いた。
「温かいうちにお食べください」
「わかったわ、オリバー・・・。
おわかりのように、私たちは宇宙意識や宇宙精神を通じて他の運命も思考も感じ取れます。そして、宇宙意識や宇宙精神の一部が私たちの中に入ったのですから、元にもどるのも可能です」
モーリンはナイフとフォークを取った。
「そんな事をしたら、宇宙意識や宇宙精神に吸収される、つまり死ぬのでは?」
「強固な自己意識なら意識と肉体は分離して生存できます」
「どんな意識ですか?」
トーマスもナイフとフォークを取った。
「宇宙意識や宇宙精神です」
「えっ?」
思わずトーマスは、モーリンを見つめた。
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