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しとしとと雨が降っている。
細い糸のような雨だ。真っ暗な辺りの中、ひび割れた街灯の僅かな光が、その雨の形を薄く映し出している。
草むらをかき分ける音がして、葉から水滴がいくつも弾け飛ぶ。
そこにいたのは、ボロボロの服を着た子供――少年とも少女とも判断がつかない身なりの子供だった。長い前髪は完全に両目を隠している。口からは静かな息遣いが漏れていた。肩までの後ろ髪から、連続して雫が落ちていく。
子供の足元で小さな蛙が一匹跳ね、裸足に纏わりつく。しかしその子は全く動じることなく、ただ顔を蛙に向けた。
「どうしたの?」
突然、声が辺りに響いた。子供がハッと顔を上げると、髪の長い二十代くらいの女性がその子を見下ろしていた。
薄暗い辺りを青白く反射した彼女の瞳は、真っすぐ子供の前髪付近を見ていた。目を合わせているつもりなのだろう。子供は一歩後ろに退く。僅かに髪が揺れた。
女性は息を小さく吐くと、静かにしゃがみ込んだ。
「雨の中傘も差さずに、裸足で……。風邪引くよ」
彼女は、自分の差していた傘を子供に差し出す。子供の上に雨粒が落ちるのが妨げられ、代わりに女性が濡れ始める。
子供はビクンと体を震わせると、女性の傘を手で思い切りはらい、反対側に駆け出した。
しかし草が濡れていたからか、子供は途中で転倒し、草むらと道路の間にある溝に足を滑らせた。潰れた虫のような格好になり、小さい呻き声を上げる。
子供は慌てて起き上がり、必死で逃げようとした。しかし、動けば動くほど足は溝にどんどん嵌っていくようだ。踝には血が滲んでいく。
「待って、動かないで。私が引き抜いてあげるから」
女性は焦った様相で言った。傘を横に置き、その子の足に張り付いている蛙に怯えながらも、ゆっくりと手を伸ばしていく。
しかし子供はなおも動き続ける。女性の手が子供の足に触れそうな瞬間……子供は、前髪の僅かな隙間から覗く目を真っ赤に光らせ、張り付いている蛙に手を翳した。
すると、あり得ないことが起こった。
蛙が、まるで脱皮するかのように身をくねらせ、分身したのだ。
突然二匹になった蛙は怪しげに喉を鳴らし、女性に向かって跳びかかった。
「ひっ」
女性は悲痛な声を上げ、手を引っ込める。ぺたり、と粘着的な音とともに、一方の蛙が女性の腕に張り付いた。子供は今がチャンスとばかりに女性から顔を背け、抜け出そうと懸命に体を捩る。
しかしすぐに女性は手を伸ばし、子供の足をそっと掴んだ。
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