ローズクォーツの春・第1話

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ローズクォーツの春・第1話

 ほわんと柔らかな春の空気の中、短い春休みの間にクリーニングに出され戻ってきたばかりの黒いセーラー服に袖を通す。  襟にまわした白いスカーフがシャラリと音を立てる。  今日から中学3年生。  最後の中学生活を悔いのないよう過ごしたいけれど、受験生でもあるわけで。 「毎日楽しければいっか」  鏡の前で身なりを確認しながら小暮 麻奈美はそう呟く。  色白で可愛らしい丸い輪郭、眉が隠れる長さでパツンと切り揃えられた前髪に2つ結びにした長い黒髪。  垢抜けない自分の姿に向かい、麻奈美は首を傾げる。 『同じクラスの亜美ちゃんみたいになってみたいな』  クラスの女子の中で最上位に君臨するギャルの姿を想像した。  短いスカート、整えられた眉と薄いメイク。  頭髪検査をギリギリ潜り抜ける程度に明るく染めて巻いた髪。  キラキラ光るヘアアクセサリー。  そして…… 『年上の彼氏さんかぁ。いいなぁ』  学校指定のバッグを肩にかけ、麻奈美は部屋を出る。  年上でも年下でも同い年でも、彼氏が欲しいわけじゃないけれど……好きな人を遠くから見ていることしか出来ない麻奈美にとっては、そういう存在がいることだけでも羨ましいと思ってしまう。  ギャルになったらモテるんだろうか。  なんてことを考えて階段を降りる。 「おはよ!今日から新学期なんだからシャッキっとしな!!」 「痛っ!もう、力加減考えてよね!!」  1階の廊下で姉の里美に会い、麻奈美は思いっきり背中を叩かれた。  10歳年上の姉、里美は家から車で15分ほどのショッピングモール内にある本屋に勤めている。  高卒で家を出て都会の方でバリキャリ風に働いていたが、当時の彼氏にこっぴどく裏切られ傷つき、仕事も辞めて実家に戻ってきたのが2年前。  1年間は仕事もせず貯金を崩しながら実家で自分自身を取り戻すことに専念していた。  その甲斐あって、次の年には里美は持ち前の勝気な性格を取り戻し、本屋への就職も決めた。 「学校まで送っていこうか?」  車の鍵を指先でクルリと回しながら里美が問う。 「いいよ。小雨と一緒に行く約束してるから」  麻奈美の1番の友達……親友と呼んでもいいほど仲が良い高山 小雨。  小学校からの友達で、奇跡的にクラス替えでもいつも同じクラスになる。 「ぼんやりしてないでさっさと朝ご飯食べなさいよ。小雨ちゃんが迎えにくる時間になるわよ」  台所から母の声が飛んでくる。  家族からの麻奈美の認識は覇気がない、ということなのだろうか。  でも仕方ない。  休み明け……しかも連休明けの朝はどうしたって怠い。  学校に行けば楽しいけれど、退屈でもある。  楽しいだけで刺激はない。  でも…… 『学校生活に求める刺激って何よ?』  朝食の食パンにかぶりつきながら、麻奈美は考える。  結局、日々楽しく平穏無事であればいい。  そんな考えに落ち着く。  食べ終えた食器を下げ、洗顔と歯磨きを済ませたタイミングで玄関ベルが鳴る。 「おはようございまーす!麻奈美、準備できてる?」  さすが親友。時間ぴったり。  ニキビケアの化粧水の上に日焼け止めを塗っただけの自分の顔は、ただ色白なだけで何の華やかさもない。  いたって普通の中学生……いや、地味な中学生か。 「おはよう!」  小雨に挨拶を返し、黒いローファーに足を突っ込む。 「行ってきまーす!!」  家の奥に向かって声をかける。台所から母の、リビングからは里美の 「行ってらっしゃい!」  が返ってくる。  父はもう仕事に行っていた。  玄関を出た外は、暖かく柔らかな春の空気でいっぱいだった。  どこかから飛んできた桜の花びらが、ひらりと目の前を舞っていった。  何となく、何かが起こりそうな予感がした。  小雨の隣を歩きながら、麻奈美は心の中でそう感じた。
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