6人が本棚に入れています
本棚に追加
ローズクォーツの春・第2話
教室は同級生のにぎわいで満ちていた。
また学校生活が始まる。
何の刺激もない平穏無事な学校生活が。
ここ、青葉中学校では1年から2年に上がる時にクラス替えがあるっきりで、2年と3年は前年度と同じクラスだ。
黒板に貼られた座席表で麻奈美は自分の席を確認し、それから席についた。
最初の席替えがあるまではひとまず五十音順の座席になっていた。
机の中に教科書やノートをしまっていた時、麻奈美は違和感を感じた。
何だろう……何かが違う気がする。
ここは間違いなく自分の席なのに、間違っているように感じるのは何故だろう。
通学中に感じた何かが起こりそうな予感。
その予感とこの違和感はイコールなんだろうか。
どうせ何かが起こるなら、せめて良いことであってほしい。
その時、ガタン!と音がして、前の席の椅子に小雨が座った。
小暮と高山なので2人の席はちょっとだけ離れている。
前の席の黒河さんはまだ来ていないようだ。
「ねぇねぇ、気づいた?座席表さぁ、麻奈美の隣の席、空席になってたよね。転校生かな?それとも誰か何かあったのかな?」
それだ!麻奈美は違和感の正体に気づいた。
座席表を見ている時は自分の席を確認することに集中していたから、はっきりとそれを認識していなかった。
自席から黒板に貼られた座席表へ目を向ける。
確かに、麻奈美の隣の席には誰の名前も書かれていなかった。
去年と同じなら、隣の席は三枝くんのはず。
「三枝くん、来てる?」
小雨に問いかける。
「来てるよ。ほら、麻奈美の斜め後ろ」
小雨が指差す方を麻奈美はふり返る。
麻奈美の右斜め後ろの席に三枝くんは座っていた。
シルバーフレームの眼鏡の奥の目が、ほんの少し戸惑っているように見えた。
「おはよう、小暮さん。どうやら僕の前に転校生……かな?来るみたいだね。さすがに先生の座席表作成ミスってことはないと思うし」
そう言って、三枝くんも黒板の座席表に目を向けた。
三枝くんの前……カ行の後半か三枝よりも前のサ行の誰か。
「どんな子だろうね。かっこいい系かな」
無邪気にワクワクしている小雨の笑顔を見ながら、麻奈美は考えた。
突然現れた転校生。隣の席になった縁で2人の距離は近づき、気づいたら恋人に……
『いやいや、そんなベタベタな少女マンガじゃあるまいし。もしそうだったとしても相手はきっと……』
麻奈美はそこでそっと後ろを見る。
教室の一番後ろの窓際に集まる女子集団。
その中心にいるのはクラスの女子最上位に君臨する女王様、時和 亜美がいる。
転校生と恋愛が始まるとしたら、きっと亜美ちゃんみたいなキラキラした女子だ。
私じゃない。
その時、亜美ちゃんと視線が重なった。
無視することはなく、亜美ちゃんは私に向かって微笑み軽く手を振ってくれる。
そう、亜美ちゃんは女王様だけどとても優しい。
クラスの女子最上位に君臨する彼女だけれど、だからといってイジメをしたり誰かを仲間外れにするような子じゃない。
だからこそ誰からも好かれ、憧れられる存在でいられる。
どんな子が来るかは分からないけれど、きっと転校生くんも亜美ちゃんのことが好きになる。
自分を卑下することは好きじゃないけれど、私が隣なのが申し訳なくなる。
「ちょっと、めぇちゃん。そこ私の席よ」
登校してきた黒河さんが小雨の肩を叩く。
小雨は同級生たちからは“めぇちゃん”と呼ばれることが多い。
「はーい。じゃ麻奈美、またね」
そう言って小雨は自分の席へ戻っていく。
「ねぇ、こまちゃんの隣って転校生?」
黒河さんが椅子に座りながらそう聞いてくる。
小暮 麻奈美……苗字と名前の頭文字を取って“こまちゃん”。それが麻奈美の同級生たちからの呼ばれ方だった。
「多分、そうだと思う」
そこでHR開始のチャイムが鳴り響いた。
いよいよやって来る。
私の隣に座る誰かが。
どうかどうか……優しい人でありますように。
最初のコメントを投稿しよう!