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その日は朝から嫌なことが続いた。まず会社に到着するなり、同僚から先輩との旅行を聞かれた。どうして貴女が知ってるの。心の中で疑問に思いながら、そうよ、と感情を押し殺して答える。人の情事に平気で首を突っ込んでくる同僚との昼食は避けたい。時計の針が12時を指す前に席を外し、そのまま会社を出て、いつも先輩と行くカフェへ行った。ここのランチは手頃で、しかも美味しい。空いているテーブル席に腰をおろし、持ってきた単行本を読み始めた。背後に座ったグループの声が聞こえてきた。2、3名の男性グループの声。京都、紅葉、温泉の単語。身近な単語が飛び交い、思わず聞き耳をたてた。25過ぎた処女とした。結構情熱的に迫られ、温泉の中でもした――聞き覚えのある声だった。立ち上がってグループを見下ろした。先輩と先輩の同僚が苦虫を噛み潰したような顔でわたしを見上げた。ぶわっと体全体が熱くなり、涙が込み上げる。そのままランチもせずカフェを飛び出した。
猥談を昼間からするな。よりによって先輩が自慢げにいうのが許せない。それでも怒りよりも悲しみが心を占領する。しばらく会社のトイレで籠ることにした。自分の部署とは違う階のトイレに籠る。ここなら知っている社員は来ないはず。そう思っていると女子社員が話しながら入ってきた。そのうちの一人は、今朝、先輩との旅行を聞いてきた子だった。そして話し相手の女子も猥談が好きらしい。出るに出られない。そのまま彼女たちの話を聞いていると、先輩の話になっていた。旅行のことを知っていた子が、先輩とわたしのことを話し出す。週末、先輩と過ごしたとき、旅行のことを聞いたと。相手の子が興味津々に聞いてくる、それ先輩二股ってことかと。どうやらわたしは処女だと噂されていたらしい。その処女を誰がモノにするかで仲の良いグループが賭けをしていたということだった。二人が笑いながらトイレから出ていく。一人になったわたしは、トイレで籠もりながら、声を殺して泣いた。
仕事なんて手につかない。当然ながらミスをした。お局様からの叱責は永遠に続きそうなくらい長い。やっと席に戻ってきた時、隣の同僚はご愁傷様という視線を送ってきた。なんとか業務を終わらせ家につく。もうあんな会社に居たくない。もうあんな先輩なんて……。
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