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「それじゃ、明日は寝坊しないでね。緊張しすぎないでよ」
『もちろんだよ、明日はぼくらの結婚式なんだから。きみこそ、ゆっくり休んでね』
理沙は幸せそうな笑みを浮かべながらアルバムのページをめくった。子供の頃の自分と若かりし頃の父親が写っている。
「それじゃあ、また明日」
『うん、おやすみ』
「おやすみなさい」
彼女はスマホの画面をタップし、ドレッサーに置き、ブラシで髪をとかした。
トントンと控えめにノックがされ、「入ってもいいか?」と父親に訊かれ、理沙は「はい、どうぞ」と返事をした。
父親の文哉は神妙な顔をしており、分厚いアルバムを手にした状態で理沙の部屋へ入る。
鏡越しに理沙は父親に声を掛けた。
「どうしたの、パパ。随分と浮かない顔ね。娘の私が結婚するのに、しみったれた雰囲気で要られちゃ困るわ。私がいなくなるから淋しいの?」
文哉は顔をくしゃりと歪めた。アルバムを持っていない左手の人差し指で首の後ろを掻いた。
「……そうかもな。親子ふたりで二十五年以上、一緒に暮らしてきたんだから」
「ちょっと平気? 私がいなくなっても三食、しっかり食べてよね。外食や中食ばかりじゃ栄養が偏るわ。食器洗いもしっかりね。スーツを脱ぎっぱなしにしないでよ、しわになるわ。それからハンカチは、しっかりアイロンをかけて。洗濯物は何日も溜め込むと汚れや臭いが落ちにくくなるわ。それから……」
まるで呪文を唱えるように理沙は、まくしたてる。
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